ジャグナー森林
メシューム湖からやや離れた、深い森の中。
本来ならばそのエリアには存在しないはずのノールが一体、濡れた柔らかな下草を踏みしめ、巨大な体躯を夜気に晒していた。
ノール族のNM、Vulkodlacである。
一体どのような経緯でそのエリアに現れたものか、………見事な曲線を描く鉛色の鋭い爪は血に汚れ、白いたてがみにも点々と返り血が飛び散っている。獲物を屠った直後なのかもしれない。
ノールの金色の瞳が闇の中でギラリと輝いた。地面すれすれに顔を寄せ、鼻先をひくひくとうごめかせる。
嗅ぎ取ったのは、別の獲物の血の匂い──────決して満たされることのない飢えに牙を鳴らしながら、ノールが振り返る。
湿り気を帯びた森の風に乗ってかすかに届く血の匂いは、決して新しいものではなかった。匂いの出所を正確に探り当てたノールが、のそりと四肢を踏み出し、音もなく移動を開始する。
その付近のエリアに生息する数体のスミロドンが、夜気を裂いて姿を現したノールを視界に認め、動揺もあらわに退いていった。ここは彼らのテリトリーであるはずだが、桁違いの強さを本能的に感じ取るのか、手を出してくるものはいない。ノールはスミロドンの姿など視界に入らぬといった風情で歩を進めると、険しい岩場をひらりと乗り越え、匂いを発し続けるものの元へと辿り着いた。
切り立った岩壁を背に、青草の中に埋もれるようにして地に横たわる一体の人間の姿。全身を固い鎧に覆われ、冷たい金属の発する無機質な匂いを漂わせているが、それとは別に、地に押し付けられた頭部からは確かに血の匂いがする。
おそらくは乾いてこびりついているのであろうその血の匂いは、今しがた流されたばかりという新鮮なものではなく、ノールは立ち止まるといぶかしむように周囲に視線を巡らせた。付近を徘徊していたスミロドン達は、なぜこの無抵抗な獲物に襲いかからず、ただ放置していたのだろうか。
グルル…、とノールは喉の奥をかすかに鳴らすと、一歩、人間の身体に近付いた。
長く鋭い爪が、仰向けに地に伏した男の鮮やかな赤い髪に触れる。横向きになった顔を冷たい地面に押しあて、乾いた血の筋をこめかみにこびりつかせたまま、男の頭が無抵抗に揺れる。
ノールは一度前足を引っ込めると、巨大な口をカッと開き、禍々しい牙を剥き出しにした。全身をバネのようにしならせ、獲物に飛びかからんと跳躍しようとした、その時。
不意に、シャラン……、薄氷の砕けるような華奢な音が響いた。虹色の光がさっと視界を横切り、ノールの鼻先をかすめる。
耳に残る残響が消える前に、シャララ……と幻想的な音がまた響き、ノールはぴたりと動きを止めた。
近くの木の梢にでもとまっていたのであろうか、空中を矢のように裂いて舞い降りたのは、一匹の光り輝くピクシーだった。蒼から紅、そして紫へと微妙に色を変える透き通った羽をひらめかせ、淡い光を全身から発しながらピクシーが男の真上で静止する。
まるで男を庇うかのように立ち塞がるピクシーに、ノールが剥き出した牙を震わせて威嚇する。華奢な音が別の方向からも近付き、姿を現したもう一体のピクシーが、ノールの周囲を軽やかに飛び回り鱗粉のような光をまき散らした。
NM相手では力の差は歴然としているにもかかわらず、二体のピクシーはノールから退こうという気配を全く見せない。ノールは白濁した唾液のしたたる巨大な牙をガチリと鳴らすと、どちらから屠るかというように二体の小さなピクシーをゆっくりと見比べた。
──────ふと頭上に現れる、神々しい光。
目の前の二体のピクシーとは比べ物にならないほどの輝きに、ノールは不意をつかれたように動きを止め、宙空を見上げた。………そして理解する。
周囲のスミロドンが無抵抗な獲物に手を出せなかった理由に。
他の二体と比べてもひときわ美しい輝きを放つそのピクシーは、自身の十数倍はある巨大なNMを視界に収めても全く動じることなく、地に伏した男の頭上に舞い降りるとノールの視線をまっすぐに見つめ返した。
【妖精………女王………? ナゼ、庇イ立テ………スル………?】
ノールが獰猛な呼気の合間を縫って片言の獣人語を発する。
ピクシーは答えない。沈黙の中、しばらく視線の応酬が続いた。
先に均衡を破ったのはノールだった。不意に興味を失ったようにくるりと背を向け、その場を後にする。ピクシーの視線に気圧されたわけではなく、遠くからドヤドヤと響く物音を耳にしたせいだった。
ノールの巨大な体躯が闇に溶けて見えなくなるのとほぼ同時に、複数の足音と衣擦れの音、──────いくつもの人の声が近付いてきた。
「この先です、小隊長様」
エルヴァーンの若い娘が薬草を積んだ籠を抱えたまま右手をかかげ、前方を指差す。
「スミロドンが多いな………その死体は喰い荒らされてはいないのか?」
「いえ、あの、死体かどうか確かめた訳では──────」
「ふむ」
「この娘にそこまで求めるのは酷というものですわ、アルノー様。彼女はまだ人の死に慣れておらぬほんの子供ですのよ。」
アルノーと呼ばれた茜隼騎士隊の小隊長が、道中の道案内のために村から同行させていた者の発する言葉に眉を寄せる。
「確かにそうだが、その子供にこのような僻地を一人でうろつかせるとは………村の規律はどうなっているのだ? 今、外がどれだけ危険な状態にあるのか分からぬ訳でもあるまい?」
「この子の両親は永の病を煩った身──────この先の湖のほとりには、そこでしか採ることのできない貴重な薬草の群生地があるのですわ。あなた、それを採りにいったのよね?」
エルヴァーンの娘がこくんと頷く。
「やっぱりね。………とはいえ、次からは一人で行ったりしちゃダメよ。誰も怖がってついてきてくれないなら、あたくしに声をかけなさい。」
「はい……」
消え入りそうな声で答えた娘が、顔を赤くしてうつむく。
彼らのやりとりを聞きつつも油断のない視線を辺りに配っていたアルノーが、ふと足を止めた。
「小隊長、あれは………!!」
部下の声に、アルノーが頷く。
「あの鎧、間違いないな………鉄鷹騎士隊の者がなぜこのような所に──────?」
「ここからでは顔がよく見えませんが………」
痺れを切らしたように足を踏み出そうとする部下を、アルノーが押しとどめた。
「待て」
「………?」
地を這うように辺りに流れる不気味な唸り声。聞く者の背筋をゾッと粟立たせる、残忍な響き。
「ノールの声ですわね。」
村娘を庇うように前に立った道案内の者の言葉を耳にし、隊員達の間に動揺が走る。
「ここは奴らのテリトリーではなかろう? ──────まさか、NM?」
「おそらくは」
「っ小隊長、あれを!!」
隊員の一人が闇の彼方を指差す。
月明かりの遮られる深い森の中では、遠く金色に輝く瞳しか視認することはできない──────だが、地面からの距離やゆったりとした動きから、その獣が桁外れに巨大な体躯を持つことは容易に想像ができる。
ノールの姿は音もなく視界を横切り、闇の彼方に消えた。
「行ってしまった………」
「…あの獣、鉄鷹の者のいる場所から出てきたような………? 小隊長、まさか!」
「──────行くぞ」
一行は地に伏した男のいるその場所へと一気に駆け寄った。
「アルノー小隊長、やはりラジュリーズ様です!!」
「ああ」
「ノールの牙を受けた痕跡はないようですが………」
隊員達が地面の上にぐったりと身を横たえたその姿を取り囲む。だが、いち早く屈み込んでラジュリーズの身体に触れようとしたアルノーが、不意に指先に電流のような衝撃を受け、のばしかけた手を反射的に引っ込めた。
「な…!?」
さっと視界を横切る異形の影に、無意識にアルノーが剣の柄に手をかける。だが、ラジュリーズの周りを飛び回りながら、牽制するように羽をひらめかせているのが二体のピクシーであることに気付き、アルノーは戸惑ったように剣から手を離した。
「こいつら、なんのつもりだ………」
「小隊長、我々は敵対行動を取っていません。ピクシーが向こうから襲ってくるはずは──────」
「いかん、伏せろ!!」
アルノーが声を放つのと同時に、ピクシーの体から放射状に放たれた風が渦を巻き、ウィンターブリーズの範囲スタンに巻き込まれた隊員達がぐッと喉を鳴らした。
「むぅ、我々をラジュリーズ様に近付けないつもりか?」
「しかしなぜ、ピクシーが………」
「おそらくはあの方の意向かと──────…。」
やや離れた場所から彼らの動きを見ていた、村娘ともう一人………先程までアルノーの背後に付き従っていた、赤い踊り子の衣裳をまとった道案内役の者がすうと空中を指差した。
「輝きが他の二体と違うな…あのピクシーは?」
「彼女はティターニア………全てのピクシー族を統べるといわれる伝説の女王ですわ。あたくしもお目にかかるのは初めてですが…」
「女王だと? その女王がなぜ我々に牙を剥く?」
その問いを受け、踊り子の口元にふっと笑みが浮かんだ。
「同族を決して裏切らない彼女らと異なり、我々人間が互いに武器を向け合う愚かしい種族だと知っているからでしょう。ラジュリーズ様に危害を加える気がないことをお伝えしない限り、近付かせてはもらえぬでしょうね。」
「しかし…、どうせよというのだ……? 妖精と意志を疎通する術など持ってはおらぬぞ?」
「あたくしにお任せ下さい。皆様は一旦お下がりになって………」
踊り子の衣裳をまとった者は、そう言うとすっと片足を踏み出した。
その動きは常人のものとは思えぬ神掛かったものだった──────体重というものを見る者に全く感じさせない。羽毛が地を滑るがごとき軽やかな足取りで歩を進めると、優雅な仕草でその場にひざまずく。
「我が友ラジュリーズをノールの牙よりお護り下さりし尊き方よ──────突然の我らが非礼、ひらにお許しいただきたい。武器に手を掛けたは誤解あってのこと、決してあなたさまの同族にも、ましてやラジュリーズにも手を出す気はございませぬ。………人語で言うも詮無きこと、まずは我が舞を奉納させていただきたく」
地面に片膝をついていた細身の身体が、次の瞬間、ひらりと宙に舞った。
流れるような動きで身体が幾重にも回転する──────しなやかな指先が空中に自由な軌跡を描いていく。やわらかに反り返るその身体のすみずみが、一瞬ごとに残像を残すような印象的な動きを紡ぎ出し、なめらかなその動きにつれて水の波紋のように周囲の空気がゆったりと波打っていく。離れた場所から見守っていた茜隼騎士隊の隊員達が、思わず息を呑んだ。
ティターニアは空中に静止したまま、捧げられる舞をじっと見下ろしている。
踊り子の身体がひときわ高く宙に舞った。月光が音もなく降り注ぐ中、のびやかな四肢が空中に美しい一枚絵を描き出す。新雪の降り積もるようにふわりと地面に舞い降りた踊り子は、息ひとつ乱さぬ端正な顔立ちのまま、深々と頭を垂れて厳かに一礼した。
…ほーっと背後から複数の溜め息が洩れる。
「そこに臥せった者はわたくしめが幼き頃より親しんできたかけがえのない友─────、決して危害は加えぬとお誓いいたします。…ティターニア様。どうかその者、我々の手にお返しいただくわけには参りませんでしょうか。」
【…………】
ティターニアが、かすかに口を開いた。──────ような気がした。
耳に届いたのは、シャララン…という心地よい羽音だけだった。雪の結晶が舞うように、七色の光をまき散らしながらティターニアの体がすうと空高く舞い上がっていく。
他の二体のピクシーも付き従うようにその後を追い、地表には複数の人間達だけが残された。
「…いやはや、見事なお手並みであった、マヤコフ殿──────! 武器に依らず舞をもって敵を制しようとは!! 我ら一同、戦場における踊り子とやらの手並みには常々不審を抱いていたのであるが、今宵はっきりと認識を改めましたぞ!!」
アルノーが興奮を隠せぬ口調で早口に告げる。
(敵、ね──────。脳筋の認識を根底から改めさせるには、相当の年月が必要ね。)
マヤコフは口の中でかすかに呟いた。
「ん? 何か申されたか?」
ひどく上機嫌のアルノーに、マヤコフはにっこりと笑みを浮かべてみせた。
「いえ、お褒めに預かり光栄ですわ。……それよりもアルノー様。ラジュリーズ様のご容態の確認を」
「おぉ、そうであった!!」
慌ててラジュリーズの側に屈み込むアルノーを視界の端におさめつつ、マヤコフは離れた場所から身動きもせずに一部始終を見守っていた村娘の元へと歩み寄った。
「どうしたの、真っ赤な顔をして?」
マヤコフが苦笑する。まだ若い村娘は、長い耳の先まで鮮やかな朱色に染め、落ち着かない瞳でマヤコフの顔を見つめている。
「…ふふ、のぼせちゃった? 可愛い。ショーではもっぱら女の踊り子しか観れないけど、男の踊り子もたまにはいいものでしょう?」
「は、はい、あの……」
「ん?」
にっこりと微笑むマヤコフに、娘はますます顔を赤くしてうつむいてしまった。
「なあに?」
「わたし、あの、…孤児院の関連の方とはお話をするなと今まで言われてきたんですが………」
「…あぁ」
マヤコフはふふ、と笑みを浮かべた。
「わたしがヒュームだから、ね。構わないわよ? あなたが望むならもう声をかけないでおいてあげるわ。」
「ち、違うんです!!」
不意に焦ったような声を上げ、娘がマヤコフの手を取った。自分が発した声の大きさに驚いたようにあわてて口を閉じる。
「違うんです…」
もう一度真っ赤になって繰り返す。
「どうかもっとお話を………、わたし、あんなに美しい舞を踊る方は初めて見ました!! あなたともっとお話がしたいんです…。」
「…あらあらあら」
騎士隊の面々が不振そうな視線を向けてくるのを目にし、マヤコフが大袈裟に両手を広げてみせた。
「モテる男も大変ねぇ、まぁこの美しさの前では当然といえるのでしょうけど………でもね、これだけは勘違いしちゃダメよ?」
娘の目の前で軽く片目をつぶってみせる。
「あたくしは見た目はどんなに美しくても身体は男、それは変えようがないわ。でも心は誰にも負けない乙女なのよ? あなたのお友達にはなれるけど、お付き合いはしてあげられないの。それは分かってもらえるわね?」
「お付き合いだなんて、そんな……」
「じゃあお友達でいいのね?」
「は、はい……。」
「そう。じゃあよろしくね。」
差し出された手を、おずおずと娘が握り返す。
(……まったく、あたくしってば何をしてるのかしら……)
マヤコフはゆったりと笑みを浮かべながら内心ひとりごちた。
(あれほど身を案じていたラジュリーズをようやく見つけたってのに、呑気にファンの方との親睦会──────。あぁ、茜隼隊の唐変木達が邪魔で、ラジュリーズの姿がよく見えないわねぇ………)
それでも不思議と落ち着いていられるのは、先程ティターニアの姿ごしに確認したラジュリーズの左胸が、微かに上下しているのを見たからか。
「マヤコフ殿。ラジュリーズ様の容態だが」
アルノーの声にマヤコフは振り返った。
「…はい」
「どうやら一度戦闘不能に陥った後、ピクシーの不可思議な技によって蘇ったものと思われる──────しかしどうも気になることがあってな。ピクシーの蘇生術は負傷者をたちどころに全快させると聞いたことがあるのだが、一向に目を覚まされる気配がないのだ。これは何か特別な症状なのだろうか? ただ寝ておられるだけとはとても思えんのだが………。」
「…ちょっと拝見」
マヤコフは娘の手を離すと、大勢の隊員達に囲まれ、毛布の上に横たえられたラジュリーズの元に歩み寄った。
首筋に手の平を当て、脈の速さをみる。口元に耳を寄せ、規則正しい呼吸が洩れるのを確認した。
顔色は決して良くはない。そして何より、外部からの刺激に全く反応を示さない。確かに寝ているといった風情ではなかった。
「ピクシーの使う蘇生術には謎が多いと聞きますわ──────ラジュリーズ様のお受けになった何らかの攻撃がその身に深く食い込み、毒となってお身体を侵しているのであれば、その毒を中和するのに時間がかかっているのではないでしょうか?」
「ふむ…?」
「とりあえず安定はしているようですから、ひとまず村へお運びになったほうが………弱ったお身体には夜気も障るでしょうし。」
「…そうだな。その通りだ。」
アルノーはてきぱきと部下に指示を飛ばし、ラジュリーズをラヴォール村へと搬送する手はずを整えた。
「マヤコフ殿はいかがなされる。我らはこのまま索敵を続けるが──────彼らと共に村に戻られるか?」
「そうですわね…あたくしちょっと気になることがありますの。しばらく皆様とは別行動を取らせていただきますわ。」
「それは構わんが、一体どこへ?」
「いえね、ちょっとした野暮用で──────あの子のための薬草も手に入れなければなりませんしね。」
娘のほうをちらりと見やる。
「で、でしたら、わたしも一緒に…」
村娘が遠慮がちに声を出した。
「それはダメよ。ご家族が心配しているでしょう? あなた、ここに来ることを伝えてあるの?」
「いえ…」
「じゃあ今頃大騒ぎだわ。ダメよ、ただでさえ村は今色々あった後で殺気立っているんだから。」
「はい、ごめんなさい…。」
「分かればいいのよ。……アルノー様、この子の護衛はお任せしましたわ。」
「ああ、それは心配なさるな。」
「では──────」
マヤコフは優雅に一礼すると、生い茂る木々の向こうへと姿を消した。
* * *
《はい、………えぇ、確かに鉄鷹騎士隊長ラジュリーズ様でした。先程村への搬送を終え、修道院の一室にお運びしたところです。あいにく村の病院はベッドが全て塞がっておりまして──────は、容態ですが、深い昏睡状態にあり、目を覚まされるご様子がありません。村の医師の見立てでは、ラジュリーズ様に蘇生を施したピクシーの技によって寝かされているのではないかと………今は無理に起こさないほうがよさそうです。》
《そうか……》
パールごしに伝わるヴェスティーレの声は時折雑音で途切れてしまう。チョコボで疾走している最中なのだろう。
《王都への報告ですが、クスロー卿に直接伝令を出したほうがよろしいでしょうか?》
《……それは少し待て》
《は、では、どのように………》
《…理由は分からんが、ラジュリーズの失踪に関してはどうも極秘扱いらしくてな。──────当の鉄鷹隊の隊員ですら、現状を把握してはいないらしいんだ。》
《なんと……》
《とりあえず、オレが行くまで軍への報告は待て。指示は追って出す》
《かしこまりました。隊長、ジャグナー森林はオーク軍の残党が数多く徘徊しております。道中お気を付けて》
《ああ。》
ヴェスティーレとの通信を終えた茜隼騎士隊の副隊長の元に、別の回線から通信が入った。ジャグナー森林を移動中の小隊からだった。
《アルノーか。ラジュリーズ様はこちらで無事保護したぞ。ご苦労だった》
《は。我々は予定通りオーク軍の探索を続けます。》
《そうしてくれ。──────そういえば、同行していた村の者はどうした? 確か道案内役に修道院の関係の者を伴っていたはずだな?》
《マヤコフ殿ですな。彼なら今別行動中です。》
《なに、一人にして大丈夫なのか? 確かにその者の行動に制限はかけるなと隊長から言われてはいるが………》
《自衛という点では心配いらぬかと。事実、我らには及びもつかぬ方法でラジュリーズ様をピクシーの手から取り戻しましたからな。》
《うむ、それについては村に戻った隊員から聞いた………にわかには信じがたいがな。舞で妖精と意を交わすなど──────》
《副隊長もあの舞を間近になされば得心がいきますよ。…そういえば副隊長、先程神殿騎士団本隊の者数名と行き交ったのですが、彼らにジャグナー方面への出撃命令が出ているのですか?》
《なに…?》
副隊長は眉をひそめた。
《そんな話は聞いてないぞ?》
《やはりそうですか。畑の違う彼らにあまりあれこれ聞く訳にもいかず、いくつかの情報を交換し合ったのみで別れたのですが》
《ふむ》
副隊長は考え込むように言葉を切ったが、すぐに顔を上げた。
《待て、情報を交換と言ったな…、ラジュリーズ様に関しては触れたのか?》
《はい。王都は遠いゆえひとまずラヴォール村にお運び差し上げましたと──────》
《むぅ…》
《何か問題がございましたか》
アルノーの問いに副隊長は首を振った。
《いや。そう伝えるのが筋だろうな。気にするな》
《は。ではまた定時に》
隊長に報告すべきだろうか。
だが、チョコボで向かっているのであれば到着までいくばくもないはずだ。報告は隊長がラヴォール村に着いてからでもよかろう。
そう判断すると、副隊長は踵を返し、ラジュリーズの収容された修道院へと戻っていった。
二階の廊下の奥が騒がしい。修道院の階段を登っていた副隊長は騒ぎを聞きつけ、足を早めた。
「どうした」
「あ、副隊長。──────実は、村の者が」
「ん?」
「どうか…、おねがいです………っ」
見れば、ラジュリーズの眠る部屋の前で、一人の娘が騎士隊の隊員に両腕を押さえられ、身悶えるようにして閉ざされた扉を見つめている。
エルヴァーンの女性には見られない砕けそうに華奢な体つきと、抜けるように白い肌。身長は取り押さえた隊員のみぞおちの辺りまでしかない。
特徴的な耳の形状を見るまでもなく、ヒュームの娘だと分かった。
まだ若いその娘は、腕力で到底叶うはずもない相手に拘束されているにもかかわらず、諦めきれぬように幾度も身をよじり、か細い声を振り絞る。
「…お顔だけでも、一目………!!」
「今は面会謝絶だと言っている!!」
「──────待て、手荒な真似はするな。離してやれ」
副隊長の声に、娘を取り押さえていた隊員が振り返った。手を離せば暴れるのではとの不審もあらわに、しぶしぶ両腕を放してやる。力任せに掴まれていた細い手首は真っ赤になっていたが、娘は気にも止めず、思い詰めた表情で扉に一歩近付いた。だが、目の前に仁王立ちになる茜隼騎士隊の隊員を見上げると、力なく床の上に座り込んでしまった。
「どうか……お顔、を………ラジュリーズ…さ ま………」
いかに凶悪なモンスターと相対しようとも決して物怖じしない騎士隊の面々ではあるが、彼らにも共通して苦手なものはある。女の涙──────などがそれだ。白い手に顔をうずめて肩を震わせる娘が、こらえようとしつつもはっきりと嗚咽を洩らし始めると、周囲を取り囲んでいた隊員達は一様に、う、と顔をしかめた。
「だからだな、娘、ラジュリーズ様はご容態が思わしくないのだ。今は安静にしてさしあげるべき時だと何度言えば………」
「……っ……」
「な、──────泣くでない!!」
困惑しきった隊員が助けを求めるように副隊長の顔を仰ぎ見た。
「どうしましょう、副隊長。とりあえず外に連れ出しますか」
「いや、………ちょっと待て」
副隊長は泣き崩れる娘の傍らに片膝をついた。
「娘。名はなんという」
「……は、い………マヤコフ舞踏団の……ポーシャ…です」
「むう。おぬしがそうか」
副隊長は娘の肩に手を置いた。娘がビクッと身体を震わせる。
「うちのヴェスティーレ隊長は知っているか? ──────隊長から先程指示があったんだ。ラジュリーズ様をベッドにお運びしたら、村の娘でポーシャという者がいるから探し出して看病させよとな。」
「……え……?」
「こう伝えろとも言われたぞ。いつぞやの包帯の礼だ、と」
「あ…っ」
見開かれた娘の目にみるみる涙がたまっていく。副隊長はなだめるように二、三度肩を叩いてやると、立ち上がるように促した。
口を開けば嗚咽が洩れてしまうらしく、娘が口元を押さえたまま大きく目をみはり感謝の意を伝えてくる。副隊長は頷くと、扉を開けて娘を中へと導いてやった。
部屋の中は灯りが灯されておらず、わずかに開いたカーテンの隙間から差し込む月の光だけが、ぼんやりと窓の周りを照らし出している。簡素なベッドにぐったりと横たわるラジュリーズの姿はほのかな逆光の中に沈んでいた。
隊員の一人が小さなロウソクを灯した燭台をテーブルに置いたことも、彼らが無言のままに部屋を去って行ったことも、ポーシャは気付かなかった。
「なぜ……探すな、などと…おっしゃったのですか……? ラジュリーズさま………」
ポーシャは無意識のうちに呟いていた。
返事はなく、シンと静まり返る空気に、ポーシャは喘ぐように吐息をひとつ洩らすと、ふら、とベッドサイドに歩み寄った。
鎧を脱がされ、白い清潔なシーツの上に横たえられたラジュリーズの身体に、目立った新たな傷跡はない。ただ一ヶ所、額に巻かれた白い包帯だけが、薄闇の中に妙にくっきりと浮かび上がって見えた。ポーシャの白い手がのび、指先がためらいがちに包帯に触れる。
「たしかに…っ……村には、手当てを必要としているかたが……たくさん、いました………それに、わたし一人で探しに行ったところで、……見つけることなど、できなかったかも…しれません………。…でも……」
ささやくような声が、不意に震えた。
「ただ待つのが、どんなにつらいか………!! もう、戻られないのではないかと………もう二度と、お姿を見れないのではないかと……わたし、は… わたしは………っ…」
下半身が力をなくし、崩れ落ちるようにポーシャは冷たい床に膝をついた。
「ラジュリーズさま……っ」
鍛えられた肩の筋肉に触れたポーシャの指が、ラジュリーズの上腕をなぞるようにそっと動く。指先に伝わるわずかな温もりにすがりつく。
ポーシャはシーツに顔を埋めた。白くまっさらな生地があふれる涙に濡れていく。
「どうか…目を、開けて……もう、だいじょうぶだと………待たなくていいのだと………わたくしにおっしゃってください………。…ラジュリーズさま………」
ポーシャとラジュリーズを残し隊員全員が部屋を出ると、副隊長は軽く溜め息をつきながら部下に声をかけた。
「この場にヴェスティーレ隊長がいらしたら、何をおっしゃるか容易に想像がつくな。………」
「『ラジュリーズ、この色男が!!』──────ですか」
「お前もそう言うと思うか」
「えぇ、うちの隊長もああいう方ですからねぇ」
「……だな」
* * *
夜が──────
夜がまたやってくる。
それが何を意味するのか、口には出さなくとも二人にはよく分かっていた。
自分達は少しでもこの広い敷地の外苑に近付いているのか──────、それとも奥へ奥へと向かっているのか──────、それすらも分からぬままに二人は進んでいく。
分かっているのは、敵の姿が消え、生きる者の気配が再び周囲から途絶えたこと、………にもかかわらず、自分達がもうじき移動を続けられなくなるであろうこと、だった。
「闇、か──────」
暗く閉ざされた空を睨みつけながらミュゼルワールが呟く。
深い色に塗り込められた闇天候の空は、のしかかるような重さで二人の上に広がっている。
「静かンなったな。吹雪いてるよかマシか。」
同じく空を見上げながらレオノアーヌは言った。
ミュゼルワールはその声を聞き、空から視線を動かさぬままぽつりと言った。
「風がないのが幸いだな。」
「なんで?」
「………。貴様寒くねえのか?」
「全然?」
レオノアーヌが肩をすくめる。
ミュゼルワールは呆れたように首を振った。ついさっき、この男は全身を染める血糊を落とすために降り積もった雪を体中になすりつけたばかりなのだ。満足に水気を拭き取る布もなく、濡れたまま放置した身体は今もあちこちから冷たい滴をしたたらせている。
「ほっときゃ乾くって、こんなん」
「てめェが鈍いのはよく分かった………」
「聞こえてっぞ、あぁ?」
ゴールドアルゴルの切っ先をつきつけるレオノアーヌを無視して、ミュゼルワールは通路の先を伺い見た。
時折思い出したような位置に配置されたトーチが、揺れる炎を空に向かって噴き上げている。曲線というものが存在しないかのように全ての通路はまっすぐに伸び、似たような曲がり角、似たような交差路を二人はいくつも越えてきた。
今、目の前にある曲がり角は、初めて通る道だろうか? ──────すでに越えてきたものか?
「あの鉄のゲートは通れるんかな?」
レオノアーヌが独り言のように呟く。
通路の半ばに闇属性のエレメンタルが一体、所在なさげに浮かんでいる。そのすぐ近くに短い横道があり、黒々とした鉄のゲートが行く手を塞いでいた。外へと通じる類いのものではない──────近寄るまでもなく、鉄のゲートから透かし見えるのは、高い壁に三方向を囲まれた狭い敷地だった。
「開閉装置が反応しねえな………ロックされたというよりは、錆び付いて動かねえ感じか。」
ミュゼルワールの声に、レオノアーヌは目を細めてゲートを見上げた。──────幸い、それほどの高さはない。
「ってこたぁ、このゲート長い間使われてねんだな? 丁度いいじゃねぇか。今夜はここで休もうぜ。」
「こんな逃げ場もねえ所でか?」
「今更だろォ。出口が一つしかねぇんならそれを突破するまでさ。」
言いながら、勢いをつけてゲート前に走り込んだレオノアーヌが、地を蹴ると同時に空高く跳躍した。背面跳びで軽々とゲートを飛び越え、四角い敷地の床に着地する。
「オラ、あんたも来いよ。跳べねぇならおんぶしてやろうか?」
「ッ……、抜かせ」
ミュゼルワールは顔をしかめると、同じように跳躍し、ゲートを飛び越えた。
綺麗に着地を決めたミュゼルワールは、しかしひどい目眩を感じ、レオノアーヌに気付かれぬようそっと拳を壁についた。──────ぐらぐらと地面が揺れるような感覚が、徐々に遠のいていく。
レオノアーヌのHPを吸うことで取り戻した体力は、やはり一時的なものでしかなかったらしい。ミュゼルワールはかすかに舌打ちした。
………身体が熱い。
「ここはトーチもあるんだな。なんに使う場所なんかなぁ。」
「さあな。」
ミュゼルワールは目を細め、ぐるりと周囲を見回した。高い壁に囲まれ、視界が狭められる敷地。背後のゲートと、切り取られたような四角い空。
これで天井があれば、まるきり牢獄のような場所だ。
出入り口が一ヶ所しかないのが気になるが、夜を過ごすには丁度いいのかもしれなかった。通路からは距離がある。高い壁は音や風を遮ってくれる。──────そして、
「そのトーチもおあつらえ向きか。………」
「んあ、なんか言ったか?」
「別に。」
素っ気なく言い返すミュゼルワールに、元々大した反応は期待していなかったらしく、レオノアーヌはゴールドアルゴルを壁に立てかけると、座り込んで手にした革袋の中身を床にぶちまけた。
オークの死体からかっさらってきたその革袋の中身は、役に立ちそうな物もそうでない物も一緒くたに入り交じっていた。レオノアーヌが探していたのは食料だったらしい。オークの貨幣や替えの矢尻など、不要な物を無造作に背後に放りつつ、レオノアーヌが中身を選り分けていく。
手元に残った物はそう多くはなかった。生臭い水の入った竹の筒。何に使うのかミュゼルワールにはよく分からない薬草や丸薬の類い。薄汚れてはいるが丈夫そうなロープ、戦闘の役には立ちそうにない小さなナイフ。
──────そして、スライスされた一枚の肉片。
衛生観念というものがないのか、剥き出しのまま革袋に入れられていたその肉片は、半ば腐りかけ、吐き気をもよおすような腐敗臭を放ち始めていた。そもそも何の肉なのかが分からない。
「オークは腐肉も喰らうのか?」
「あ〜、あいつらそういうの好きだぜぇ。死にたての新鮮なのより美味いんだってよ。」
言いながら、その肉をナイフの先に刺し、トーチの炎で両面を炙る。芯まで火の通ったそれを半分にちぎり、片方をミュゼルワールに放ってよこそうとした。
「オレは──────いい」
片手を上げて軽く制するミュゼルワールに、レオノアーヌは自分の分の肉片をためらいなく口にしながらぼやくように言った。
「アンタどこのお嬢だよ。腐ったモンは口にできねぇってか?」
「…そうじゃねえよ。分かってんだろ」
呟きながら、額に手を当てて瞳を閉じる。レオノアーヌはミュゼルワールの蒼白な顔にちらりと視線を投げた。
「……分かんねェよ、あいにくだがな。ここはフィールドじゃねんだぜ? 次にいつ食料が手に入るか分かりゃしねぇんだ。食える時に食っとかねーと身体もたねぇぞ」
「食ってもどうせ吐くだけだ………、無駄になる」
「肉食ってスタミナつけなきゃ戦えねェだろ。吐いてもいいからとりあえず食えよ。」
「ラジュリーズみてえなこと言いやがって……」
ミュゼルワールはドサリと床に腰を下ろすと、強引に押しやられる肉片を不承不承受け取った。
「…ヒデェ匂いだ」
「その程度でハラ壊すほどヤワでもねぇだろ。匂いが気になるならアレでも使えよ、………え〜と、アレはどこだ、アレは」
ひとしきりごそごそとオークの荷物を漁っていたレオノアーヌが、何やら正体不明な赤い丸薬を取り出し、ミュゼルワールに手渡した。
「なんに使えってんだ、こんなモン………」
「その肉に潰してかけんの」
「これをか?」
「おう。騙されたと思ってやってみな。」
ミュゼルワールは言われた通りに丸薬を指先で潰し、肉片に振りかけた。──────あれほど強烈だった腐敗臭が嘘のように消える。
「消えたな……、匂い……」
「だろ? あとは気の持ちようさ。」
「………」
ミュゼルワールは意を決したように肉片を口に放り込んだ。
味は………、まぁ………、匂いが味の重要なファクターであることを実感したとでもいえばいいのか、ぐちゃぐちゃとした歯ごたえが多少気にはなるが、特に食えないというほどのものではなかった。
ごくりと嚥下し、苦行を終えたような顔つきで溜め息をつくミュゼルワールを、レオノアーヌがクックッと笑いながら見やる。
「ほらよ、これでも飲みな。さすがにオークの水はアンタの腹にゃ合わんだろ。」
差し出されたのはアルミニウムのスキットルだった。受け取るとチャポンと軽い音がする。中身はかなり減っているようだ。
「全部は飲むなよ、全部は!! それもうあるっきゃねェんだからな!!」
「分かった分かった…」
親切なのかそうでないのか、よく分からない態度にやれやれと吐息をこぼしながらミュゼルワールはスキットルの中身をあおった。………その手がふと止まる。
──────鼻孔をくすぐる豊潤な薫り。喉を焼く熱い感覚。
「うめェだろ、それ」
「………。あぁ。」
素直に頷くミュゼルワールに、レオノアーヌはニッと笑った。
思ってもみない場所で口にした極上の酒は、一瞬、──────ほんの一瞬だけ、ミュゼルワールの中に郷愁にも似た何かの感覚を呼び起こした。
暖炉の炎。パチパチとはぜる薪の音。あたたかい炎の色を映し込み、溶けるように赤く染まったグラスの中でゆったりとたゆたう上等な酒。
──────ほんの、一瞬。
だが、その酒を本当に美味いと感じたわけではなかった。深い薫りが、なめらかな舌触りが、それを美味いと感じていた過去の自分を思い出させただけだ。
今の自分が欲しているものは、もっとどす黒く、もっとあたたかく、………逃げようのない甘美な戦慄とともに舌先にまとわりつく。
ミュゼルワールは瞳を閉じると、何かに耐えるようにきつく眉根を寄せた。薄い唇から赤い舌がのぞき、冷たい夜気に触れる。
立てた片膝の上で両腕を組み、腕の中に顔を半ば埋めたレオノアーヌが、探るような目付きで自分を眺めていることには気付いていない。
ミュゼルワールはゆっくりと瞼を持ち上げると、スキットルのキャップを丁寧に閉めた。
「…うまかったぜ、ありがとな…あとは大事にとっとけよ。」
「素直に礼とか言ってるよ……気色悪りィ」
受け取ったスキットルから一口だけ酒を口に含み、レオノアーヌがぼそりと言う。
「うるせえよ…」
ミュゼルワールは何度目かの溜め息をつくと、床に座ったまま背後の壁にもたれかかり、両足を前に投げ出した。瞳を閉じ、動かなくなる。
「あんだよ、もう寝んのか?」
「………いや」
目を閉じたまま呟くように言う。
「まだ寝る気はねえよ。──────なぁ」
「あン?」
使えると判断した物だけを革袋に戻しつつ、レオノアーヌが聞き返す。
「何だ?」
「………なんか喋れよ」
「──────…」
一瞬、呆気にとられたレオノアーヌは、笑っていいのかそうでないのか判断がつかず、口を閉ざすとまじまじとミュゼルワールの顔を見返した。
ミュゼルワールは瞳を閉じたままだ。前髪が頬に落ちかかり、どんな表情を浮かべているのかよく分からない。
「…可愛いこと言っちゃってまぁ…」
レオノアーヌが口の中でぼそりと呟く。ミュゼルワールは聞こえないフリをした。
「………ん〜、改めてなんか喋れっつってもなぁ………。」
レオノアーヌはごろりと仰向けに床に転がると、組んだ両手の上に頭を乗せ、鈍色の空を見上げた。
「共通の話題、ねえっつうか………」
「……お前の獣人語」
「ん…?」
「どこで覚えた?」
「…………。」
ほんのわずかに空気が重くなった気がしたが、ミュゼルワールはそれにも気付かないフリをした。
「…あんたこそどうなんだよ。かなりマトモに喋ってたよな? 王立騎士団の軍人で獣人公用語を喋れる奴がいるなんざ聞いたことねぇぜ?」
「質問に質問で答えるのか?」
からかいを含んだ声に、レオノアーヌは一瞬じろりとミュゼルワールを睨みあげた。
「おうよ、悪りィか? 俺は礼儀だのなんだのを重んじるお貴族様じゃねェんだ。」
「礼儀を重んじる奴はこんなぶしつけな事ぁ聞かねえだろ…」
「ぶしつけって分かってて聞いてんのかよ、タチ悪りィ」
「──────オレの場合は」
レオノアーヌの文句に構うことなくミュゼルワールが口を切る。
「暗黒魔法と同じだな………。いつの間にか喋れるようになってた。まぁ、奴らの元に捕われてたのが半年だったか? それだけの間一緒にいたんだ、奴らの言葉を理解するようになったとしても不思議はねえな。」
「ふん、──────」
「…で?」
「で? ………って?」
今度はレオノアーヌが気付かぬフリをする番だ。
「オレは質問に答えたぞ?」
「…だからなんだってんだ」
レオノアーヌは天空に視線を向けたままぶっきらぼうに言った。…ミュゼルワールは瞳を閉じたままなのだろうか。それともこちらを見ているのだろうか。
「──────今から、十数年前」
不意にミュゼルワールが口にした言葉に、レオノアーヌはかすかに眉をひそめた。………彼にしては妙に口数が多い。ミュゼルワールは酔っているのだろうか?
「王立騎士団赤鹿騎士隊の当時の隊長がオーク軍に捕えられ、還らぬ人となった事件があった──────」
「…………」
「十数年前といやあ、オレもお前もまだガキだった時分だな。………だが、オレはその事件のことをなぜかよく覚えている。その隊長というのが、当時王国の中でも騎士の中の騎士と讃えられた傑物だったからかもしれん。彼はある戦局において、大勢の部下の命を救うため、自身の身柄を人質として差し出したんだ………。」
「…あんたらってほんっとそういうハナシ好きだよな…」
「好きで悪りぃか? ………王立騎士団はあらゆる手段を講じて彼を奪還しようと試みたが、時既に遅く、その隊長はゲルスバとは別の場所に連れ去られた後だった。彼が見つかることはついになかったんだ──────ある日、死体となってランペール門の前に放置されているのが見つかるまではな。」
レオノアーヌは話を聞いているのだろうか。仰向けに横たわっていたはずの彼は、いつの間にかミュゼルワールに背を向け、顔も表情も見えなくなっている。
「一見すると王国軍に対する見せしめのようだが、奇妙な点がいくつかあった。まずは、その死体が何時間も引きずられて運ばれたかのように損傷していたこと──────その割には、死因となった刀傷は未熟な手法ながらも治療が施され、延命処置がなされていたこと。死体を引きずった跡は延々ラテーヌ高原の先まで続いていたらしい………オーク共がそんなことをする理由がどこにある? 当時のブン屋は色々と身勝手なことを書き立てたモンさ。王立騎士団がオーク軍の奴らと内密に取引しただとか、せめて遺体の引き取りをと願う遺族がゴブリンを雇っただとか、な。だがオレが当時興味を持ったのは別の説だった。オーク軍の中に王国との内通者がいるんじゃないか、ってやつだ」
全く反応を示さないレオノアーヌに構うことなく、ミュゼルワールは言葉を続けた。
「オーク共の中に裏切り者がいるのか、それともこちらが放ったスパイか、──────いずれにせよ、奴らと行動を共にしながら、奴らとは志を異にする者がいるんじゃないかってな。………だが、いずれも憶測の域を出ることはなかった。その隊長の死体は荼毘に付され、真実は明らかにされることなく風説に埋もれちまった。………」
「………その隊長の名は?」
不意にレオノアーヌが呟いた。
どうやら話を聞いてはいたらしい。ミュゼルワールはかすかに眉を上げた。
「バティスルーク卿だ。彼には出撃前に第一子を身籠った嫁さんがいたらしいが、旦那が死体となって帰ってきたショックで流産しちまい、一粒種が実ることはなかったらしい。バティスルーク卿と彼の子供の墓には、命を救われた部下達が手向けた花が幾年も絶えることがなかったそうだ。」
「…………。あんたら貴族って奴は」
レオノアーヌはめんどくさそうに上体を起こし、もう一度仰向けに横たわった。
「…いや、騎士って奴は、って言うべきか? ──────二言目には、誇りだ騎士道だ、自己犠牲だなんだってよ………めんどくさくねぇ? それって楽しくてやってんのか?」
「──────…。ま、予想通りの反応、か…。」
「何が言いてぇんだよ。」
ミュゼルワールはフッと笑った。
「なんでもねぇよ。考えてみりゃ、オレもお前もその頃は年端もいかねえガキだったわけだしな………。思い過ごしだ、忘れてくれ」
「──────…」
ふてくされたような顔で空を睨みつけていたレオノアーヌは、フンと鼻を鳴らすとミュゼルワールから顔を背けた。
「あんた意外とお喋りなんだな……。俺ぁもう寝るぜ。それ以上余計な喋りをかまして邪魔すんじゃねぇぞ。」
「………。待て。寝る前にやることが残ってるだろう。」
「あン? なんのことだ?」
不意にミュゼルワールが立ち上がった。
いぶかしむように上体を起こすレオノアーヌの足をまたぎ、ミュゼルワールはレオノアーヌが足元に置いていたオークの革袋に手を伸ばした。
「何してんだ、一体………」
ミュゼルワールが袋の中から一本のロープを取り出すのを横目で見、レオノアーヌが眉をひそめる。
ロープの強度を確かめるように幾度か引っ張ってから、ミュゼルワールは振り返り、レオノアーヌの胸元に無造作にロープを放った。
「レオノアーヌ。それでオレを縛れ。………そうだな、あそこのトーチに身体ごとくくりつけろ。」
「はァ…?」
「はァじゃねえよ。分かってんだろう、もうじき夜中だ。……気付いてるかどうか知らんが、今でも結構ガマンしてんだぜ、オレは」
「ガマンって何をだよ………」
「……お前の血が欲しい。気が狂いそうだ」
なんのためらいもなくするりと出たその言葉に、驚いたのは二人のどちらだっただろうか。
レオノアーヌは放られたロープを握りしめると、ミュゼルワールの顔を見上げた。
「遠慮はいらねえよ、レオノアーヌ。どうせ明日になりゃオレは何も覚えちゃいねえんだ…今こうしてお前と話してることすら、まともに覚えていられるか分からねえ。──────いいか、オレが何を口走ろうと絶対に縄を解くんじゃねえぞ。泣こうが喚こうが、だ」
「……ミュゼルワール……」
「さっさとしろ」
ミュゼルワールは巨大なトーチの足元に立つと、柱に背を押しつけ、レオノアーヌに近寄るよう顎で示した。
「………くっそ、俺にさせんなよ、こんなん………」
しぶしぶレオノアーヌがロープを手に立ち上がる。
「てめぇでできるならやってるさ。……おい、もっときつく縛れよ。どんなに暴れても外れねえようにな!!」
「わ〜かったっての…」
「──────貴様のためなんだぜ…?」
身を屈めてミュゼルワールの胴に両腕を回すレオノアーヌを、すがめた目で見下ろしながらミュゼルワールが言った。
「そりゃ…どうだかな……」
「どういう意味だ?」
「………。さぁ、な。」
レオノアーヌはぼそりと呟くと、ミュゼルワールの身体が鬱血するほどきつく幾重にも食い込ませたロープをギリギリと音を立てて後ろで縛り上げ、ぷいと背を向けた。
「………どうせ明日になりゃ覚えてねぇんだろうから、言ってやる」
床にゴロリと横になったレオノアーヌが、ミュゼルワールに背を向けたまま低い声で呟いた。
「…あ?」
【──────ルークの死体を運んだのは、俺だ………あんたがあんな昔の事件を知ってるとは思わなかったがな………。】
「……獣人語かよ……。よく聞き取れねえ。もう一回言え、レオノアーヌ」
「や〜なこった…。おやすみ、ミュゼルワール。まぁあんたは寝れねぇかもしんねェけどよ。」
「レオノアーヌ、おい…」
それきり、レオノアーヌの身体は動かなくなった。
………だが、結局、
眠れないのは、レオノアーヌも同じだった。
──────夜が、来る。
彼はこれから幾度、こんな夜を過ごさねばならないのだろう。
月が天頂にさしかかる。時刻が深夜0時をまわった時、それは唐突にやってきた。
ドクン、と心臓が跳ね上がり、不意に視界が大きくブレた。吐き気のするような悪寒がザッと駆け上がり、ミュゼルワールが全身を震わせる。
神経を焼き切られるような耐えがたい熱と、体の芯を凍らせるヒヤリとしたものを同時に感じる──────ロープがギリギリと食い込み皮膚や肉を裂くのも構わず、ミュゼルワールは身体をよじらせると、食いしばった歯の間から切れぎれに息を洩らした。
後頭部を幾度も柱に打ちつける。瞼をきつく閉じ、荒い息を吐く。両腕は胴体と共に柱にぎっちりと固定され、動かすこともかなわなかったが、両肩を、首を激しく振り、銀糸の髪を振り乱して襲いかかる狂気に抵抗しようともがいた。獣のような呻き声が絶えず口から洩れていたが、もはやその自覚はなかった──────瞼の隙間から覗く金色の瞳が、何かに取り憑かれたようにギラリと妖しい光を放つ。長い牙が月光をはね返す。
ミュゼルワールの顔はロウのように青白かった。既に一度死んだ身体なのだと思い知らせるような、それは死人の色だった。
柱に縛りつけられたミュゼルワールが、離れた床に横たわる自分の身体を食い入るように見つめているのがレオノアーヌには分かった。………だから、耳を塞ぐことができなかった。…いや、おそらくは耳を塞いでも、届くのであろうその声。高く低く、絶え間なく放たれる呻き声は、直接レオノアーヌの頭の中で響いているかのように脳裏にこびりつき、幾重にも反響する。
レオノアーヌはギリッと唇を噛みしめた。………動かない、動いてはならない。ミュゼルワールは魔に堕ちていく己の姿を見られたくはないはずだ。背を向けてやること、自分にできるのは──────それくらいしか………ない………
だが。たとえ、この夜を乗り越えたとしても。
──────明日の夜はどうなる? そしてその先は?
「…… レ… オ ………」
激しく乱れる息の下から、途切れ途切れにこぼれ落ちる声。
苦しげな呻き声の合間を縫い、振り絞るように発せられるその声に、レオノアーヌはこらえきれず床の上で身体を二つに折り、両手できつく耳を覆った。──────だが、やはり聞こえる………はっきりと。まるで耳元で囁かれているかのように。
「……… レ…オ… ノ ア… ヌ………、」
(呼ぶな──────俺の名を呼ぶんじゃねェッ、ミュゼルワール………!!)
「…オ …レ を…………」
ことさらにはっきりと、耳元で響く声。
「………オレ、をッ、 …殺──────せ……!!!」
「何を──────…」
レオノアーヌは呆然と呟き、耳を覆っていた両手を離した。
「っお前がッ…………言ッた…ん……だ………闘う、意…志…………!!! オ…レ を…………人… 間………だ……と……………」
「ミュゼルワール…」
レオノアーヌの顔がわずかに曇った。──────その表情を、ミュゼルワールが見ることはなかったが。
「…オ レ……を………ッ!!! 人間 の、ま ま………死……な…せ…………お前が言う、化けモン…に………、なる、前に………!!!」
不意にザアッ…と、ミュゼルワールの理性が歪み、そして容赦なく奪われた。──────闇に突き落とされる。真っ逆さまに。
ミュゼルワールは限界まで仰け反らせた身体を大きく震わせた。
「ぁ…………あ─────ア……………ぁああァッ!!!!」
身体の芯を突き上げる狂おしいものに抗えず、ミュゼルワールが開け放った口から続けざまに声を放つ。
レオノアーヌは、──────
一瞬、きつく目を閉じたレオノアーヌは、オークのナイフを手に不意に身を起こすと、つかつかとミュゼルワールの元に歩み寄った。
(……化けモン、か……。ミュゼルワール、………俺は………)
「な…に──────してる………」
自分の上に屈み込んだレオノアーヌが、自分を柱に縛りつけているロープをナイフでバラしにかかるのを見て、ミュゼルワールの意識が一瞬浮上した。…荒い息を繰り返しながら、呆然と呟く。
戒めを完全に解き終えたレオノアーヌが、握りしめたナイフを力なく床に落とし、身体を離す。
「……お…前…………?」
「いいぜ」
壁に背をついたレオノアーヌが、不意に低い声で呟いた。
ひどい耳鳴りがしていたにもかかわらず、その声はすべてのノイズを飛び越えてミュゼルワールの耳にはっきりと届いた。
顔を上げるミュゼルワールの、深紅に染まる歪んだ視界の先に、──────顔をややのけ反らせ、首筋を晒すレオノアーヌの姿があった。
「──────!?」
「早くしろよ、俺は気が短けぇんだ」
「………ゥ、…っぐ………何、言っ…………」
「ほらよ」
レオノアーヌが親指でぐいと首筋を示してみせる。
はッ………、 …はッ……………、
狂おしい息をつくミュゼルワールが、顔を覆う指の隙間から、剥き出しに晒されたレオノアーヌの首筋を垣間見た。
穏やかな呼気とともに上下に息づく褐色の肌。その肌の下を流れる…あたたかい血。
………熱い 鼓動が……………、
──────きこえ る…………
(……… ア……………)
ミュゼルワールの中で、なにかが、はじけた。
ドンッ、と鈍い音をたて、レオノアーヌの身体が冷たい壁に押し付けられる。
ミュゼルワールの瞳に意志の色は、 …なかった──────、鋼のような身体がのしかかると、すさまじい力でレオノアーヌの両手首を掴み上げ、高く壁に固定する。
不意に迫り来る顔に、しかしレオノアーヌは動かなかった。ミュゼルワールの銀の髪がレオノアーヌの顎先をかすめ、
首筋にヒタリと、鋭い牙の先が触れた。
痛み──────? いや、 …まだ…ない…………、 だが、
次の瞬間、ズブズブと、音を立てて吸い込まれるようにミュゼルワールの長い牙が褐色の肌に深く深く沈んだ。
途端に溢れ出す真っ赤な………あたたかなそれを、首筋に密着した唇が余すところなく舐めとる。牙が上下に動き、傷口が二、三度強く噛み裂かれた。
「─────ク、ッ…」
鋭い痛みにも、レオノアーヌは …動かない、 ミュゼルワールの右手が探るように動き、レオノアーヌの両手首を掴むとまとめて壁に押しつける。空いた左手がレオノアーヌの前髪を掴んだ。
ぐいと、顔を上げさせる。無防備に晒された咬み跡に、ミュゼルワールはさらに深くその牙を突き立てた。
きつく吸い上げられるたび、レオノアーヌの全身がざわりとわななく。
「………ッ、 ………う…ッ………」
レオノアーヌが唇を噛み締める。限界まで息を詰め、耐えられなくなって唇を開くと、震える歯の間から苦しげな声が洩れた。
氷のように冷たい身体が、レオノアーヌの褐色の肌から容赦なく体温を奪っていく。
ドク…ッ………、 …ドクン──────ッ…、
その音はこめかみを流れる自分の血潮か、それとも身体の下にいる男の脈動か、──────
ミュゼルワールは、目眩のするような喜悦に震えながら、それの味を確かめるように傷の上に舌を這わせた。………強く吸い上げる、赤い、甘みを帯びたそれは、ミュゼルワールの乾いた喉にたちどころに吸い込まれてゆく。
「ミュ… ゼ ………」
かすれるその声は、おそらくミュゼルワールの耳には届いていなかっただろう。苦悶に歪む表情にも、気付く事はなかったのだろう。
レオノアーヌのきつく握りしめた拳がほどけ、硬直した身体から、急速に力が抜け落ちていく。
ミュゼルワールは、その血をむさぼり続けた。身体の下でレオノアーヌが意識を手放したことにも、気付いていないかのように。
* * *
【コキュートスの氷土にその身を穿つがよい………永久に!!!】
ノスフェラトゥの両眼が深紅の妖光を放つ。
断罪の瞳──────ラジュリーズは、確かにその瞳を見てしまった。
10………
死の宣告のカウントが始まる。
「クッ──────!!」
ラジュリーズはミュゼルワールの腕を振りほどこうと激しくもがいた。
7………
カウントが進んでいく。
ミュゼルワールの腕は鋼鉄のように硬く、暴れるラジュリーズの抵抗など意に介する風もなくその身を拘束し続ける。
5………
ラジュリーズは歯を食いしばると、力任せに地を蹴った。拘束するミュゼルワールの身体ごと、背中から地面に倒れ込む。
激しい衝撃と共に二人の身体が地面に叩き付けられると、ミュゼルワールの身体は瞬時に消え失せ、小さな黒いコウモリと化した。
(な、………)
ユラリと、ノスフェラトゥが笑みを浮かべる。
2………
ラジュリーズは彗星の鮮やかに浮かぶ空を振り仰いだ。
(こいつの狙いはミュゼルワールと──────レオノアーヌだ。………二人が危ねぇッ………!!!)
1………
(ミュゼルワールを、……守れ、レオノアーヌ……!! あいつの盾になれるのは…今は、お前しか──────…!!)
届かない、声。………姿を消してしまった。二人共、だ。
──────だが、その叫びは、どこにいるのかも分からないレオノアーヌに、確かに届いているような気がした。
気休めと笑われても構わない。なぜかは分からないが、そう感じたのだ。
急速に狭められていく視界の中、ラジュリーズは長く尾を引く彗星の光をきつい目で睨み上げた。どこにいようとも彼らの目に同じように映るものがあるとすれば、それはあの彗星しかない。
全てが暗転し、意識の最後のひとかけらが奪われる瞬間まで、ラジュリーズは彗星の炎をひたと睨みつけていた。
──────そして包み込む、漆黒の闇。
時間、………自我、意識と身体の形………、それらを全て失ったまま、ラジュリーズだったモノが虚ろに闇を漂う。
冷たくも温かくもない。上下の感覚も、時の過ぎ去る感覚もそこにはなかった。一瞬のようにも、永遠のようにも思える静寂だけがそこにある。
どれほどの間、そうしていたのか。
シャラン………、近付いてくるかすかな音も、たおやかな虹色の光も、音や光として認識していたわけではなかった。
〖アナタハ…ナゼ……殺サレタノデスカ………?〗
浮遊する魂に直接響く、その声。それはクリスタルの立てる華奢な響きによく似ていた。
(なぜ…? さあな、奴らの邪魔をしたから?)
よく響く声がそれに応える。
〖…ナゼ……殺スノデスカ………〗
(大事なモンを守るためさ。それは奴らだって一緒だろ?)
クリスタルの声はしばし考え込んだようだった。
〖……彼ラニモ……守ルベキ物ハアル………ソレヲアナタハ認メルト………?〗
(んー、認めるとか認めないとかじゃねえだろ? 事実なんだから仕方ないさ。)
〖………〗
(あんた──────誰だ?)
問いかけに応じる気配はなく、呟くような、独り言のような声がかすかに響いた。
〖……伝承ノ者ガ果タシテ貴方ナノカハ……分カラナイ………ケレド………〗
虹色の光に、やさしく包み込まれる。
〖…一度ダケ、アナタヲ救イマス……アトハ……アナタ次第…………〗
シャララ………、夢のようにはかない音が心地よく鳴り響く。
美しく透き通る四枚の羽、深い蒼と淡い紫にふちどられた真珠色の身体。その華奢な身体がふわりと宙に浮かび、徐々に遠ざかっていくのを、確かに見たような気がした。
(クリスタルの声じゃなかったか………。また会えるといいな。ここじゃなく、あの大地で)
──────ヴァナ・ディールの大地で。
再び包み込む闇は、穏やかな安らぎに満ちていた。
(………さ……ま…………)
潮騒のようにさざめく音。
(……ラジュリー…ズ………さ……ま…………)
………音ではない、声だ………細く、かすかな声が、近付き、…遠のき、また近付く。繰り返し呼びかける。
「──────う、……………」
「………ラジュリーズ…さま………!?」
不意に明瞭に声が響いた。
ラジュリーズはゆっくりと瞼を持ち上げた。
薄暗い視界に映るのは、古ぼけた白漆喰の天井、………その天井に控えめな光を投げかけるロウソクの灯り。カーテンの向こうは微妙な薄闇に包まれている。夜が明ける少し前………か。
ベッドに横たえられていることにラジュリーズは気付いた。──────身体が重い。
自分を覗き込む深いブルーグリーンの瞳が、大きくみはられている。ロウソクの淡い炎の色を映し込み、夕日色に輝くやわらかな髪がラジュリーズの頬に触れた。
「…ポーシャ………か……?」
「………ラジュリーズさま………っ」
ラジュリーズが顔を向けるより早く、ポーシャの白い腕がのび、ラジュリーズの首をそっとかき抱いた。
「…よかっ…た………ラジュリーズさま………」
広い胸板に頬を押しあて、ポーシャが嗚咽に震える。片手を持ち上げ、その髪に触れてやりながら、ラジュリーズはゆっくりと辺りを見回した。
やけに狭い部屋だった。簡素な木のベッドの他には古びたシフォニエがひとつ。その上に置かれているのはアルタナ信仰の教典だろうか。
「悪りぃな……心配………かけちまった………か?」
「………っ…………」
ポーシャが顔を押しつけたまましきりに首を振る。
あたたかい涙がラジュリーズの胸を濡らした。肩を震わせるポーシャが落ち着くまで、ラジュリーズはその髪をやさしく撫でてやった。
「ポーシャ……ここは………どこだ?」
ようやく嗚咽がおさまったのを見て、ラジュリーズがそっと声をかける。
ポーシャは頭の上に乗せられた大きな手に白い指先を添わせ、頬を寄せながら呟いた。
「ラヴォール村の修道院の一室です……。茜隼騎士隊のみなさまが運んでくださったのですわ。」
「茜隼………? ヴェスティーレの隊か…?」
「えぇ、ヴェスティーレさまは今、こちらにむかっておられる最中だとか………。ラジュリーズさまが見つかったと聞いて、王都を飛び出してこられたのだと隊の方がおっしゃっておられました。」
「…見つかった………? オレは、一体──────」
「覚えておられないのですか?」
ポーシャはラジュリーズの胸から顔を上げ、包帯の巻かれた頭を心配そうに覗き込んだ。
「ラジュリーズさまは、ジャグナー森林でお一人きりで意識を失っておられたのです。」
「ジャグナー…森林………」
ラジュリーズは呟いた。
──────何かを忘れているような気がする。大切な何かを。
「えぇ。三体のピクシーがラジュリーズさまを護っていたのだそうですわ。不思議なことがあるものですね。」
〖アナタハ…ナゼ……殺サレタノデスカ………?〗
ふと、よみがえるその声。
ラジュリーズはポーシャの頭に置いた手は動かさず、もう一方の手を持ち上げると、手の平をじっと見上げた。
(オレは………一度死んだのか………?)
「…ラジュリーズさま…?」
ポーシャが不安気につぶやく。
(攻撃を受けて……殺された────── 一体、誰に?)
不意に。
ラジュリーズはがばっと上体を跳ね起こした。
(ミュ…ゼル…ワール………!! ──────レオノアーヌ!!!)
「──────ぅ、ッ………」
途端にきつい目眩に襲われる。グラリと揺れる身体に、ポーシャがおろおろと手を差し伸べた。
「いけません、ラジュリーズさま…まだ、お起きになられては………」
「ポーシャ……今、何時だ? 曜日は?」
「え」
ポーシャは戸惑ったような視線をラジュリーズに向けた。
「闇曜日ですわ──────もうじき夜が明けるところです………。」
「なんてこった………!! 丸二日たっちまったってのか………!?」
ラジュリーズはベッドから起き上がろうと身体をよじった。だが、力が入らない。息が上がり、それでも歯を食いしばって身を起こそうともがいていると、ポーシャの手がふわりと両肩にかけられた。
「…ラジュリーズさま。」
ささやく声と共に、そっと肩を押される。大した力は加えられていないはずなのに、ラジュリーズの身体はろくに抵抗もできずにシーツの上に沈んだ。
「いけません。まずはお身体を癒されてからでなくては──────何があったのか、お話しくださいませんか? わたしでお力になれることでしたら、なんでもいたしますから………」
焦り、戸惑ったような顔で見上げるラジュリーズを、ポーシャはまっすぐに見つめ返した。
「あらあら…。あなたもやるようになったわねぇ、ポーシャ。ついでにそいつ押し倒しちゃいなさいよ。」
突然の声に、ポーシャも、そしてラジュリーズもびくっと身体を震わせて背後の扉を振り返った。
「大体こんなおいしいシチュエーションでキスのひとつもしない朴念仁なのよ? あなたから襲わなかったら永遠に手に入んないわよ、ポーシャ。」
「だ………団長………!」
戸口の壁にもたれかかる逆光のシルエットに、ポーシャが思わず声を上げる。
「あんたもあんたよ、ラジュリーズ。その子は一晩寝ずに看病してくれたのよ? きっとあんたが目を覚ますまでずっとそうしてるつもりだったんでしょうに、礼のひとつも言わないなんて信じらんない。全くこれだから男ってやつは………」
「お前だって男だろ、マヤコフ」
ラジュリーズの声に、マヤコフは眉を上げると拳をふるわせてキーッと怒りをみせた。
「しっつれいしちゃうわね!! アタシは乙女だっていつも言ってんでしょ!! っていうか、分かってて言ってんでしょアンタ!!」
ラジュリーズが苦笑する。マヤコフは大袈裟に溜め息をついた。
「まぁ、いいわ。動けない奴をいじめても面白くないしね。──────それよりもアンタ、さっきポーシャが言ってた質問に答えなさいよ。ジャグナー森林で何があったのか………アタシも大いに興味があるわね。」
「──────…」
口を開きかけ、しかしためらうように首を振るラジュリーズに、マヤコフは後ろ手に扉を閉めるとベッドのそばに歩み寄った。
「なぁに、極秘事項ってわけ? ………でもアタシ達だけになら言えんでしょ? 茜隼隊の連中ならしばらく来ないわよ。」
「………」
「…ラジュリーズさま。わたくしも団長も、王国ではなく、あなたの味方なのですわ………どうか、おひとりで抱え込まないで………。」
ポーシャがラジュリーズの手を取り、そっとささやく。
ラジュリーズは枕にぐったりと頭を乗せると、自由なほうの腕で顔を覆った。
「ふぅん、ヴァンピールねぇ…。おとぎ話の中だけの存在だと思ってたわ。まさか本当にいるなんてね。」
ラジュリーズがひとしきり話を終えると、マヤコフは感心したように呟いた。
「わたし、なにかの本で読んだことがあります。彼らのなかには、生粋の純血種と、純血種に血を吸われることでヴァンピールと化す者がいるのだとか。その赤狼隊の隊長さまは、純血種に襲われてしまったのですね……。」
「おとぎ話…か……。おとなしく物語の中だけに収まってりゃよかったんだ………」
ギリッとラジュリーズが唇を噛みしめる。マヤコフは怒りに震えるラジュリーズの顔を横目で眺めた。
「そいつ相当強いんでしょ? アンタがやられちゃうくらいだものね。」
「強いというよりゃ、情報がねえのが痛てぇな………。思いもよらぬ技を次々に繰り出してきやがる………」
「味方に変身するコウモリに、死の宣告ね──────。確かにどんな弾を隠し持ってるか分からないわねぇ。」
「そのヴァンピールはなぜこの大陸に姿を現したのでしょうか…」
ポーシャの呟く声に、ラジュリーズとマヤコフは顔を見合わせた。
「そりゃ……例の闇王軍とやらの蜂起に関係があるんじゃないかしら? タイミング的にみても」
「奴はデーモン族と結託して、何かを──────おそらくは相当ヤバい何かを、目覚めさせようとしてるらしい。そのためにあいつらの身体が必要だと………」
「赤狼隊の隊長と、傭兵団の団長ねぇ…。」
マヤコフは何かを考え込むように唇を軽く噛んだ。
「赤狼隊の隊長はアタシも知ってるわよ。おっかないくらいにキレイな顔した男爵様でしょ? 確かアンタ、結構前から面識があるんじゃなかった?」
「ああ。向こうは覚えてねえみたいだがな。」
「ふぅん。……にしても、半年前の失踪事件で大騒ぎになったあの方が、まさか目と鼻の先にいたなんてね………。ラヴォール村に連れてこられる前はどこにいたのかしら?」
「本人も覚えちゃいないそうだ。北国らしいとは言ってたが」
「北国………、ザルカバードかボスディン氷河かしらね。」
「おそらくな。」
ラジュリーズは拳をぐっと握りしめると、苦しげに声を吐き出した。
「アイツを今死なせるわけにはいかねェ………。これから先の戦局には絶対に必要な奴なんだ。レオノアーヌだってそうだ………」
「その、レオノアーヌ? っての? これってそいつの持ち物なんじゃないの?」
マヤコフは美しいきらめきを放つ薄刃の短剣を差し出した。ラジュリーズが目を見開く。
「これは…!! お前、これをどこで………」
「やっぱりそいつの物なのね。赤狼隊の隊長が短剣を使うなんて聞いたことないものねぇ………それはアンタが気絶してた場所からかなり離れた、北の山際で見つけたの。派手に争った跡が残ってたわ、周囲の木々なんて木っ端みじんに吹き飛んでたわね。足跡は三つあったわよ。人間のものが二つと、異形のものが一つ」
「この短剣の他には、何か………」
「残念ながら残ってなかったわ。武器が落ちてたってことは、二人とも敵に連れ去られちゃったのかもしれないわねぇ。」
「っ………」
黙り込んでしまったラジュリーズに、マヤコフは探るような視線を投げた。
「ねぇ。そのレオノアーヌっての、アタシ聞いたことないんだけど。誰なのよ、そいつは」
「レオノアーヌか? あいつは──────そうだな、オレもよくは知らねえ。」
「知らねえってアンタ………」
「オレに分かるのはあいつもオレらにゃ必要な奴だってことだけだ。ミュゼルワールもレオノアーヌも、どっちも失うわけにはいかねえんだよ……」
「やれやれ、アンタらしいわね。…で、今アタシらが一番にしなきゃならないことはなんなのよ。」
「あいつらを追う………必ず探し出して連れ戻す。生きてるはずなんだ、あいつらがそう簡単にやられるはずはねえ………」
「分かったわ。とりあえずアンタはまず身体を治すこと。ポーシャ、そいつが治りもしないうちにベッドから抜け出そうとしたら、容赦なく得意のキックをお見舞いしてやんなさい。遠慮しちゃダメよ。」
「だ、団長……わたし、そんな……」
「なに今更ぶってんのよ。アンタがウチの団で一番の武踊の使い手なのはみんな知ってるのよ? あんたの腕がどの程度まで上がったのか、見せておやりなさい。いい機会だわ。」
「ポーシャ…そんなに強くなったのか? 一番の使い手って………」
「ラ、ラジュリーズさま…」
「一番っていっても、もちろんアタシは除いてだけどね。いいこと、ラジュリーズ。無茶しようモンなら華麗な三回転キックがアンタの顔面に炸裂するんだからね、覚えときなさい。………はぁ〜、アタシも肩の荷が下りて楽になったもんだわぁ。アンタに顔面キックを喰らわすのはアタシの役目だったのにね。」
「あのなぁ……」
「とにかく、おとなしくしてなさい。アタシはもう一度ジャグナー森林に行ってみるわ。他にも遺留品が見つかるかもしれないしね。…何か分かったら連絡する。じゃあね。」
言いたい放題に喋り散らしてマヤコフが退散する。
「……三回転キック……」
ラジュリーズが呆然とポーシャの顔を見上げる。
「い、いやですわ、ラジュリーズさま。ラジュリーズさまにそんなことできるわけが………」
真っ赤になってそう言いかけたポーシャだったが、ラジュリーズの額に巻かれた包帯に目をとめると、口を閉じ、精一杯顔を引き締めた。
「…でも、ラジュリーズさまがご無理をなさるなら、わたしの技をお見せしないでもありません ! 」
本当は見てみたい気も、しないでもなかったが──────。
ラジュリーズはベッドに身体を預け、瞳を閉じた。
ポーシャのやわらかい手が、ラジュリーズの額にそっと触れる。
あたたかなその感触に癒されながら、………胸の内に渦巻くどす黒い焦りと不安に、ラジュリーズはどうしようもない目眩を覚えた。
今、こうしている間にも、──────
ミュゼルワールは、レオノアーヌはどうしているのか。
(死ぬなよ、二人とも………どんな目にあってでも、とにかく生き続けろ。必ず…迎えに行くからな──────…)
背後の扉が控えめにノックされる。
「ポーシャさん、起きてますか? 修道院の者です。」
再び眠りに落ちたラジュリーズの顔をじっと見つめていたポーシャは、扉の向こうから伝わる声にそっと振り返った。
「…どうぞ」
扉が静かに開き、質素なローブに身を包んだ修道士が顔を覗かせた。
「騎士団の方が面会にお見えです。ラジュリーズ様は起きておられますか?」
「あ、……今は眠っておられますが……きっと大事なご用事なのでしょうし、お通しして下さい。」
「分かりました。下におられますので、呼んで参りますね。」
「おねがいします。」
修道士が扉を閉め、廊下を去っていく。ポーシャはラジュリーズの頬に手を触れた。
「…ラジュリーズさま。」
「……ん…」
「起きてください……騎士団の方がお見えになられたようですわ。ヴェスティーレさまがご到着なさったんじゃないでしょうか。」
「……あぁ……」
「いま、こちらに来られるそうです。」
ラジュリーズがゆっくりと瞼を上げる。
背後の扉が再び開かれた。──────ノックの音はしなかった。
ポーシャが一度も聞いた事のない声が室内に響いた。
「どうやら間に合ったようですね。ヴェスティーレ君が急ぎこちらに向かっていると聞き、移動魔法を使わせていただきました。彼に首を突っ込まれたのでは話がややこしくなる。」
「……? あなた………どなたですか………?」
ポーシャの声を完全に無視すると、声の主はずいと歩を進め、怪訝な顔で自分を見上げるラジュリーズの顔をまっすぐに見下ろした。
「ようやく見つけましたよ、鉄鷹騎士隊隊長殿。」
「お前は………確か、神殿騎士団の………」
優雅な笑みを浮かべ、黒髪の男が一礼した。
「言葉を交わすのは初めてでしたね。神殿騎士団本隊所属、特例従軍司祭のギュスターヴ・V・マリユスと申します、以後お見知りおきを。…さっそくですが、用件に入らせていただきます。」
ギュスターヴは純白の法衣をひるがえすと、懐からドラギーユ王家の紋章の刻印された書状を取り出した。
「鉄鷹騎士隊長ラジュリーズ・B・バルマ殿。あなたを発見次第拘束するようにとの王命が各隊に下されています。ヴェスティーレ君は報告をおこたったようですがね──────わたしと共に王都まで来ていただきましょうか。」
「な…に………? 拘束だと……? オレが一体何を──────」
「釈明は国王陛下の前でどうぞ。まさか逃げたりはしませんね?」
「逃げる………オレが?」
「ラジュリーズさまっ……」
ポーシャがラジュリーズを庇うように前に立つ。ギュスターヴは氷のような視線をポーシャに向けた。
「邪魔だてするなら同じく拘束しても構わないのですよ? 連れ帰る手間は一人も二人も変わりませんから。」
「待て、──────ポーシャに手を出すな」
「ラジュリーズさま、いけません…!!」
すがりつくポーシャの手をそっと押さえ、ラジュリーズがベッドの上に起き上がる。
「連れていけよ、どこへでも………オレはやましいことはしてねえ………!!」
「それを判断なさるのはあなたではありませんよ。…では、行きましょうか。」
まともに自分の足で立ち上がるのもやっとのラジュリーズにじろりと一瞥をくれると、ギュスターヴはさっさと歩き出し、部屋の扉を大きく開けた。
神殿騎士団本隊の者が数名、足音高く部屋の中に乗り込んでくる。ラジュリーズは両腕を捕えられ、引きずられるようにして部屋の外に連れ出された。
「ラジュリーズさまっ……」
「来るな、ポーシャ…!!」
怒鳴りつけられ、ポーシャがびくっと身体を震わせる。
開け放たれた扉から、複数の足音が遠のいていく。ポーシャはその場に力なく崩れ落ちた。
「どう……して………?」
呟く声が頼りなく震える。
階段を下りていく足音が、建物から遠ざかり、やがて何も聞こえなくなった。
「ラ…ジュ…リーズ……さま…………」
虚ろな声が白い壁に吸い込まれ、不気味な静寂が後に残った。
PHASE 2
END

