──────ミュゼルワールの中に、昨夜の忌まわしい記憶がどれだけ残っているのか、定かではなかったが。
いぶかしげな視線でレオノアーヌの顔を見上げたミュゼルワールは、ふっとその視線を外すと、まだ幾分虚ろな瞳のまま、顔にまとわりつく長い前髪を払いのけようと無意識のうちに右手を上げた。だがその手が、顔に触れる寸前ふと止まる──────指先がひどく傷つき、所々朱に染まっている。
固い床や壁に幾度も爪を立てたため、爪の何枚かは先端が割れ、指先から剥離しかかっていた。じんと痺れたような感覚の中、血流がドクン、ドクンと脈を打つたびに、シクシクと鋭利な痛みが爪のはがれた指先を刺激する。
ミュゼルワールは小さく舌打ちすると、思考を寸断する邪魔な痛みを取り除くために回復魔法を唱えた。
指先の傷が癒えると、ミュゼルワールは再びレオノアーヌを見上げ、静かに言った。
「……オレに何をしろってんだ?」
レオノアーヌは──────ミュゼルワールを注視こそしないものの、その挙動を探るように見ていたレオノアーヌは、ミュゼルワールの口から最初にこぼれた言葉が存外に冷静な響きを持っていることに内心安堵した。………もちろん顔には出さなかったが。
レオノアーヌは肩をすくめると、
「あんた、暗黒魔法使えんだよな? あんたの使える魔法の中で、敵に斬りつけることなく一番ダメージを与えられるのってなんだ?」
唐突な質問に、その意図を飲み込めず、ミュゼルワールが眉を寄せる。
「斬りつけることなく──────?」
「おう。」
ミュゼルワールはしばし思案していたが、やがて顔を上げると呟いた。
「ドレインIIだろうな……。近接攻撃と併用していいならもっとでかいダメージを出せるのもあるが、魔法単体でとなるとあまり選択肢がねえ。」
「オッケ。んじゃ、それ俺に撃ってくんね?」
「……あ?」
ミュゼルワールは呆気にとられたようにレオノアーヌの顔を見返した。
「なに…言ってやがる。─────その鎖か? 言っただろう、ドレイン系は無機物にゃ効きゃしねえんだよ。」
「わ〜ってるって、んなこたぁ。人のハナシはよく聞けよ。俺は、俺に撃て、っつったんだ。」
「………」
ミュゼルワールは、レオノアーヌの真意を計ろうとするかのようにその姿を見据えた。
──────少なくとも、ふざけている訳ではなさそうだ。
ミュゼルワールはため息をついた。
「……説明、しろ。目的はなんだ。それが分からねえ限り、応じる気はねえ。」
レオノアーヌはポリポリと頭をかいた。
「説明ねぇ…。俺もうまく言える自信ねぇんだよなぁ。要は荒療治ってやつ? 強制的に流れをぶった切るにゃ、これしか思いつかなくてよ。」
「流れってなんの流れだ?」
「俺の中の、魔道の流れ」
レオノアーヌはあっさりと言った。
「この鎖がいけねぇんだよな、お前が言ってた通りだ……。コイツのせいで、思うように魔力が制御できなくなっちまってる。MPが枯渇してんのもそのせいだよな。 ─────だからさ。この身体にもっとでかいダメージを与えてやりゃ、嫌でもそっちに意識がいくだろ? ほんの一瞬でも、この鎖の持つ波動みてぇなもんを感じずにいられりゃ、あるいは………」
「…意味があるとは思えねえな。たとえ鎖の力からうまく逃れたとしても、MPがなけりゃどうしようもねえだろうが。」
あっさりと否定するミュゼルワールに、レオノアーヌがニヤリと笑う。
「そいつぁどうかな。あんた見たことねぇ? MPがなくったって魔法ぶっ放す方法あんだろ?」
「──────魔力の泉、か…?」
ミュゼルワールは眉を上げた。
「お前……、魔力の泉なんて使えんのか?」
ミュゼルワールの問いに、レオノアーヌはそっけなく答えた。
「さぁな。少なくとも使ったことは一度もねぇよ。」
「な、………」
「…だが、不可能じゃねぇはずだ。現に精霊魔法は使えてるわけだしよ。」
「だからってお前……、やり方だって分かってねえんだろ……?」
ミュゼルワールは眉間を押さえた。
「大体、ドレイン系なんざ人間相手に使ったことねえんだぞ………。 装甲でガチガチに固めた獣人相手にすらそれなりのダメージを出せる技だ、負傷してる上に装備も裸同然の今のお前じゃ、どんだけのダメージになるか分かりゃしねえ………」
「だったら他に手があんのかよ? いいからやってみろって。失敗したって俺がちっと痛てェ目に遭うだけだし。」
軽い口調で促すレオノアーヌに、ミュゼルワールは首を振り、呻くように呟いた。
「……どうなっても知らんぞ……。」
ミュゼルワールは渋々立ち上がると、壁に繋がれたレオノアーヌの正面に立った。
縄に縛められた両腕を持ち上げ、まっすぐ前にかざす。広げた手の平を、ただれた傷跡の浮き上がるレオノアーヌの胸にぴたりと当てた。
ミュゼルワールの鋭い瞳が、揺れる銀糸の髪の間からレオノアーヌを睨みつける。
レオノアーヌは、険しい表情で自分を見据えるミュゼルワールの顔を斜に見下ろし、唇を歪めて笑った。
「中途半端に手ェ抜くんじゃねぇぞ………。殺すくらいのつもりでこいよな。」
「もう黙れ──────…。歯ぁ食いしばってろ。」
「……っ」
レオノアーヌの胸に這わせた手の平から、暗く赤黒い熱が放たれた。
「……く、…ッ……」
ざわざわと、全身の肌が粟立つような感覚。
胸の斜十字の傷がひくりと疼く──────うつむいて表情を隠したレオノアーヌが、食いしばった歯の間から微かな声を洩らす。
呪文を口中で唱えながら、ミュゼルワールはかすかに眉根を寄せた。だが、ぐっとレオノアーヌの顔を睨み据えると、最後ははっきりと声に出して詠唱を完了させた。
レオノアーヌの身体からグワッと浮き上がった赤い光が、すっと宙を流れると次々にミュゼルワールの手の平に吸い込まれていく。
「ぅ…あ………ッ……!!!」
レオノアーヌの身体がビクンと仰け反った。
レオノアーヌの胸の傷が大きく開き、新たな血を次々に噴き出させる。ひとすじ、またひとすじと、ぬめる液体が肌を伝い落ちていく。
ガクガクとレオノアーヌの身体が痙攣した。
レオノアーヌのHPを吸い取った身体が奇妙に充足するのを感じ、ミュゼルワールは目の前の男から視線を反らせた。………かすかに自己嫌悪を覚えつつ、手の平に付着したレオノアーヌの血を赤い舌で舐めとる。
「レオノアーヌ…」
「………ッ!! どいてろッ!!!」
レオノアーヌは右腕を大きく振り払うと、震える手の平をグッと握り込み、両足を踏みしめた。
上体をきわどい角度に仰け反らせ、大きく口を開け放つ。
「…ァ……ア……………ッ!!!」
周囲の空間が、かげろうのように揺らめきだす──────
同じく魔道の流れを体内に宿すミュゼルワールの瞳には、はっきりと見えた。
レオノアーヌの全身から、黒いもやのようなものがユラリと立ちのぼり、じわじわとうねりながらその身体を覆い尽くしていく。
制御から解き放たれた魔力だ──────強靭な精神力があって初めて術者の意のままになる魔力が、意志の力による制御も、鎖に封じられた力による制御も失い、主のないままに暴走しようとしている。
声すらも出せない状態なのか、レオノアーヌが歯を食いしばりきつく目を閉じた。仰け反ったまま硬直する身体を包み込む黒いもやは、徐々にはっきりとした影に形を変えていく。
一際大きくざわりとうねると、黒い影は渦を巻きながら、レオノアーヌの身体を幾重にも包み込んでいった。
(無茶だ、レオノアーヌ………!! 泉の発動どころか、このままじゃ魔力に取り込まれる──────!!)
側にいるだけで引きずり込まれそうなすさまじい魔力の渦に、ミュゼルワールの全身がぞくりと総毛立つ。
思わず、ミュゼルワールが上体を屈め目を細めた時、
「っアァッ…!!! ──────従い……やがれェッ……………!!! クソッタレ!!!」
レオノアーヌが喉を仰け反らせ、咆哮にも似た声を放った。
同時に、─────パシンッ、鋭い音を立てて周囲の空間が弾けた。
「─────あ…?」
ミュゼルワールが顔の前にかざした手を、ゆっくりと下ろす。
ハアッ……、 …ハァッ…………、
レオノアーヌの荒い呼気が、嘘のように静まり返った空間に流れる。
褐色の身体の周りに渦巻いていた黒い影は綺麗に消え去っていた。代わりに、ヴン、と空気を震わせるような音。
レオノアーヌの両手から、青白い光が放たれている。
「へ、へへ……やりゃあできるってやつ?」
ボタボタと全身から汗をしたたらせながら、レオノアーヌが放心したように笑った。
「お、前………」
「どいてな。時間がねぇ。」
レオノアーヌは両足を大きく広げて床を踏みしめると、高く掲げた両手を後ろの壁に当てた。
素早く呪文を放つ──────
直後、いびつな凹凸に覆われた黒灰色の壁全体が歪み、出現した巨大な氷柱がすさまじい音を立てて壁面を砕き散らせた。
「ぐぁッ─────!!」
衝撃で吹き飛ばされたレオノアーヌの身体が、向かいの壁に叩き付けられる。
「…ブリザガIIIだと─────? 自分の身体ごと壁を巻き込むなんて無茶だ…!!!」
「っせぇな!! ゴタク並べてるヒマあったらとっととケアルよこせッ……!! 泉の効果時間が切れちまう!!」
「あ、あぁ……」
ミュゼルワールは振り返ると、全身を痙攣させながらも床の上から起き上がろうとしているレオノアーヌにありったけの回復魔法を唱えた。
レオノアーヌはふらりと立ち上がると、半壊した壁の一部に手を当てて損壊箇所を睨み据えた。
「思った通りだ─────。ぶっとい鉄格子で入口を塞いでても、壁自体はいたって普通の作りだな。もう一発いくぞ、離れてな」
言うが早いか、両手で素早く精霊の印を結び、ブリザドIVを放つ。
壁の損壊箇所の穴が完全に貫通し、爆風が外に向かって吹き抜けた。レオノアーヌは満足そうにニッと笑った。
魔力の泉が尽きようとしている。レオノアーヌは光の消えていく手の平を見つめていたが、ふと思い出したように顔を上げた。
「─────あぁ。コイツはおまけだ。」
ピン、と音を立てて指を弾く。
ミュゼルワールの手首を縛めていた縄がパキリと凍りつき、シャランと華奢な音を立てて砕け散った。
レオノアーヌ自身の手足を縛めている鉄の枷と鎖は、壁との連結部分から外れたのみで、今も重く四肢にぶら下がっている。
身動きこそ自由にできるようになったものの、鎖を外すことができない限り、MPが尽きた状態を変えることはできない。
「魔力の泉、終〜了〜…。もうこれでホンット打ち止め。あとはもう、逆さに振ってもなんも出ねェよ………。」
ぐらりと、レオノアーヌの身体が大きく傾く。
あわてて差し出したミュゼルワールの腕が、力を失い床に崩れかけたレオノアーヌの身体をかろうじて支えた。
「おい、──────レオノアーヌ!! 大丈夫か、お前…」
「とりあえず……こっから出ようぜぇ……。」
ぐったりとミュゼルワールに身体を預けたまま、レオノアーヌが荒い息を噛み殺し、かすかに笑う。
ミュゼルワールは首を振った。
「……なんて奴だ、全く……!!」
* * *
鉄鷹騎士隊の幕舎で聞き込みを終えたヴェスティーレは、一度自分の屋敷に戻ると、騎士団の隊長クラスに支給される赤と黒の華美な鎧を脱ぎ、身軽な私服に着替えた。
今から向かう場所を考えれば、そのほうがいい──────ああ見えてしっかりお坊ちゃん育ちのラジュリーズならば、威圧的な鎧のまま平気で向かったかもしれないが。
思い浮かべ、一人苦笑する。…傭兵達を格下に見るのは、貴族の側の都合だ。傭兵は騎士団の鎧を見ても敬意を払うことなど考えない。
ヴェスティーレの家はグライナー男爵家に連なる家系ではあるが、爵位を拝領してはいない。代々、当主は騎士階級─────ジョブとしてのナイトではなく、階級としての騎士─────であり、グライナー家を護る盾の役割を果たしてきた。
王国では、騎士階級は厳密には貴族に含まれない。剣技以外は特に英才教育を受けることもなく、下町の風の中で育ってきたヴェスティーレは、お仕着せの華美な鎧を脱いでしまえば、どんなにガラの悪い連中の中にも溶け込む自信があった。
姿見を覗き込み、髪をぐしゃぐしゃに崩す。グレーのコートを肩に引っ掛けると、家人に見つからぬよう足早に屋敷を出た。
ラヴォール村に残してきた部下達には、自分の不在を王都に気取られぬよう、よく言い含めてきてある。…とはいえ、急な伝令の来ることもあろうし、村長や修道院長をごまかし続けることもできまい。
──────もってせいぜい、あと一日。遅くとも明朝にはラヴォール村に戻らなくてはならない。
ヴェスティーレは鉄鷹騎士隊の幕舎で得た情報を反芻しつつ、槍兵通りへと続く石畳の通路を靴音を響かせ大股に歩いていった。
アシュメアからの情報は、事の発端を明確に告げるものではあったが、その後の流れをも伝えるものではなかった。──────ジャグナー森林で保護された負傷兵。その者がオーク軍に捕えられている間に見たという、赤狼騎士隊隊長らしき人物の姿。
ミュゼルワールのことを、ヴェスティーレは正直よく知らない。アシュメアの爵位拝領とほぼ時を同じくして茜隼騎士隊の隊長に就任したヴェスティーレは、アシュメアや昔馴染みのラジュリーズはともかく、そうそうたる爵位を持つ他の隊長達とはほとんど面識がなかった。
いずれにせよ、王立騎士団の一翼を担う将がオーク軍と行動を共にしているのが事実ならば由々しきものがある。クスロー卿が手を回し、秘密裏にラジュリーズをラヴォール村に向かわせたとしても不思議はなかった。
捕虜を救い出すと言い残し、オーク共の占拠する集落に向かったラジュリーズ──────問題なのは、そのラジュリーズが忽然と姿を消してしまったということだ。
ラジュリーズが唯一連れていたという男は、やはり彼の隊の隊員ではなかったらしい。鉄鷹騎士隊の幕舎を訪れたヴェスティーレを、何も知らない隊員達は力の抜けるような歓待ぶりで迎えてくれた。
ある任務についたためしばらく単独で行動するとラジュリーズから聞かされていた彼らは、自分達の隊長が失踪したという事実をまだ掴んでいないらしく、呑気にバタリア茶を煎れながら城壁の復旧作業の話をしている。
「ラジュリーズの野郎はいねえのか?」
さりげなく聞くヴェスティーレに、熱い茶を勧めつつ隊員が答える。
「せっかくご足労いただいたのに申し訳ない、ヴェスティーレ殿─────。ご存知の通り、我らの隊長は糸の切れた凧のような放浪癖を見せる時がありますゆえ、おそらくは任務を終えたその足で、戦場の垢を落とせる場所にでも向かったのかと。」
「……最後に、あいつを見たのは誰だ……?」
「あ、俺かなぁ?」
隊員の一人が手を上げた。
軍の要職にある者にしては珍しく、ヴェスティーレは階級が下の者にも威圧的な態度を取ることがない。そのため、鉄鷹騎士隊の隊員達も、彼の前では気を遣うことなく普通に接してくる。
「幕舎の前にいたら隊長に『傭兵が多くたむろしてそうな場所はどこだ?』って聞かれたんで、俺、『番犬横町の"アラール"って酒場ですかねぇ』って答えたんすよね。したら隊長そのまま槍兵通りに向かっちゃって。あの界隈は最近物騒だからご忠告差し上げようと思ったんスが、うちの隊長に限ってやられることなんざねぇだろうし、まぁいっかなぁと……」
「砕けすぎだ、お前の口調は」
目上らしい隊員に頭をこづかれ、へへ、とその男が舌を出す。
「いや、口調なんざ構わねえが……そうか、番犬横町……」
ヴェスティーレが言葉尻を途切らせ、思案する。
「いかがなされました?」
隊員の問いに、ヴェスティーレは表情を崩すと、いや、と手を振った。
「なんでもない。…そうか、あの野郎留守だったか。じゃまあ、戻ってきたらオレんとこ顔出せって言っといてくれよ。」
「承知いたしました。」
槍兵通りに入ったヴェスティーレは、番犬横町に足を踏み入れる前に、ぐるりと周囲を見回してみた。
表通りの雑貨屋や食料品店は、戦時中とあって昼間だというのに軒並み店を閉め、乾いた風がカタカタと看板を揺らすに任せている。
民家も門を閉ざし、人通りの少ない槍兵通りはひっそりと静まり返っていた。
うってかわって、裏通りの番犬横町はどこからともなく集まってきた様々な種族の傭兵で溢れかえり、異国情緒あふれる熱気を醸し出していた。
道端に所狭しと物品を広げ、使い古した武器や防具を売りさばく者。
酒か麻薬か、なにがしかをキメてよだれをたらしつつ道端で眠りこける者。
通りの向こうからは怒号や悲鳴がひっきりなしに聞こえる。誰かが路上で乱闘でもしているのだろうか。
神殿騎士団がこの界隈の治安維持に頭を痛めているという話は聞いていたが、これならば確かに──────、とヴェスティーレは苦笑した。私服で来たのはやはり正解だったようだ。
目当ての酒場はすぐに見つかった。近東文字で "アラール" と書かれた看板が、埃っぽい風に吹かれてカタカタと音を立てている。
開店までまだ時間があるのか、店は閉まっているようだった。"Closed" と札の下げられた入口のスイングドアから中を覗き込むと、店主がカウンターの中で夜の仕込みをしつつ、大あくびをしている。
コツコツと、ヴェスティーレは入口の木枠を拳で叩いた。
店主が顔を上げる。
「これはこれは、王国騎士様がこのようなむさ苦しい所へようこそ。……と申し上げたいところですが、あいにくまだ開店前でしてな。」
「かまわねえ、酒を飲みにきたわけじゃねえんだ。………なんでオレが騎士だと分かった?」
「へへ、そりゃまあ、人を見るのがあっしの商売ですから。」
店主が腰の低い姿勢を崩さずにニヤリと笑う。
「ふむ。……ちと聞きたいことがあるんだが、入っても構わないか?」
「…どうぞ」
愛想のいい笑顔は崩さず、しかしほんのわずかに警戒の色を漂わせて、店主が扉を開けた。
「心配すんな、別に店の監査に来たわけじゃねえよ。大体監査員ならもっとこう、眼鏡クイクイ光らせた嫌味な文官タイプが来そうなもんだろ。」
内心を見透かされたことに気付き、店主が吐息ともつかぬ笑い声を洩らす。
「ほ、…これは失礼。最近は傭兵の皆様のお陰で随分繁盛さしていただいてる反面、お城の方々からは色々とあらぬ疑いをかけられるようになりましてな。」
「だろうな。………」
毎夜のごとく繰り広げられる喧嘩騒動は言うに及ばず、各地から持ち込まれ密かに取引される怪しげな物品の数々──────中でも特に、規制された麻薬類の闇取引には神殿騎士団が厳しく目を光らせており、抜き打ちの監査が行われることも珍しくない。
店主はカウンター席に腰を下ろしたヴェスティーレに薄い水割りを差し出した。
「まぁお城の方々の懸念もごもっともではございますが─────このご時世、多少羽目を外せる場所のひとつやふたつ、あってもいいと思うのでございますよ、あっしは」
「同感だな。」
任地を離れているとはいえ、昼間から酒を口にする者は騎士団の中には基本的にいない。だが、あいにく自分がその基本の範疇に入ると思っていないヴェスティーレは、差し出されたグラスを手にすると水でも飲むように中身をあおった。
店主が空になったグラスにボトルを傾けながら、
「で、お聞きになりたいことというのは──────?」
「うん。」
ヴェスティーレは日の光の差し込まない薄暗い店内をぐるりと見回し、
「実はある男を捜しているんだが………そいつは何日か前に、この辺りに一度顔を出してるかもしれねえんだ。ここなら色んな連中が集まるから、何か情報が得られるかもしれないと思ってな。」
「ほう、人捜しですか。」
「あぁ。─────店主。お前は口は堅いほうか?」
店主はややうつむき加減に笑みを洩らし、
「さぁ…人の口に戸は立てられぬと申しますからな。あっしとて人の子ですから、そこら辺はなんとも─────」
ヴェスティーレは懐から札入れを取り出すと、幾枚かの紙幣を店主の手に握らせた。
「これならばどうだ?」
「おぉ、これはこれは─────」
店主はあっさりと破顔し、ヴェスティーレの顔をにこにこと見上げた。
「なんなりと、なんでもお聞き下さい。アルタナの女神様に誓って、口の堅さなら保証しますぜ。」
「そんなんで名前出されちゃアルタナも迷惑だろうよ……。その金は口止め料だ。オレがここに来たことは誰にも言うな。オレの求める情報が得られたら、さらに同額を上乗せしてやる。」
「あい分かりました。お求めの情報をご提供できればよいのですが。」
ヴェスティーレは店主の顔を見据えた。
「オレが捜してるのは鉄鷹騎士隊隊長ラジュリーズ・B・バルマだ。赤毛で長身、遊び人風の風体で、騎士隊の鎧を身に着けてなきゃここらの傭兵と見分けがつかんだろうよ。今からちょうど四日前、この界隈に向かったところを目撃されている──────ラジュリーズのことは知っているか?」
店主は首を傾げた。
「さぁ、あいにくとお城の方々に知り合いはおりませんからな。……でも、四日前……とおっしゃいましたか?」
「あぁ。」
店主はぽんと手を打ち、
「でしたらあの方だ。…いやね、四日前といやぁ、店に詰めてた傭兵達が派手にやらかしてくれた日でしてねぇ。」
「やらかした……?」
店主はパンチを繰り出す仕草をしてみせ、
「えぇ、コレでございます。まぁ小競り合いなんぞ日常茶飯事なんですが、あの日は特に派手でやんしたねぇ。首謀者の一人が身なりの良さそうな騎士様でしたので、修理代を全てその方にたかるつもりであっしは黙って見てたんですが。」
したたかというかなんというか、………ついその店主に親近感を抱きそうになるのをグッとこらえ、ヴェスティーレは言葉を継いだ。
「その騎士の特徴は?」
店主は拳を顎に当てて宙空を見上げた。
「よく覚えておりますよ。職業柄人の顔は一度見たら忘れませんからな。─────赤毛、長身。遊び人風の風体。確かにあなた様のおっしゃる通りの方でやんした。……鎧の肩当てに、鷹の紋章が入っていたような……」
「決まりだな。」
ヴェスティーレはグラスをカウンターに置いた。
「店主、お前が見たことを全部話してくれ。何か会話の類いを耳にしていたら、それも全部だ。報酬ははずむぞ。」
猛狗傭兵団長レオノアーヌ。
全く聞き覚えのない名前だったが、店主の語るその男の風体や容貌は、ラヴォール村で聞いた男の話と完全に合致する。
ヴェスティーレは拳を唇に当ててしばし考え込んだ。
(カネで動く傭兵………。相場の倍の報酬は確かに魅力だろうが、そう簡単に動くモンか………? ましてや一団を束ねる者が好んで単独行動を取るなど──────…)
霞がかかったようにはっきりしない人物像に、ヴェスティーレは顔を上げ、店主にちらりと視線を投げた。
「一体どんな男なんだ? そのレオノアーヌって奴は。」
「ん〜、そうですねぇ」
店主は手にしたグラスを丹念に磨きながら、
「ここらに出入りするようになったのはふた月ほど前ですかねぇ。…そうそう、ジャグナーの戦いが始まる直前だったと思います。丁度その頃、ラヴォール村の修道院にワインを取りに行った仕入れ業者が戦火に巻き込まれちまいやして、酒樽を切らしちまったんですよ。そこに大勢で詰めかけてきて酒はないのかとさんざん文句を言っておられたので、よーく覚えてますわ。」
「ふむ。………」
「でも、ちゃんと酒と食い物をいるだけ出して差し上げれば、実にいいお客と言いますか。食いっぷりも飲みっぷりも見てて気持ちがいいくらいですし、なにより毎晩団員の方を大勢引き連れておいで下さるので、こちらも多いに稼がせていただきました。」
「……ジャグナーの戦いが始まる直前、か……。」
ジャグナーの戦いの折、ノルバレン騎士団から再三に渡り増援の要請があったにもかかわらず、クスロー子爵は王立騎士団の出兵を渋った。結局増援に向かったのは、バタリア騎士団のアルフォニミル卿率いるわずか三百の手勢のみだった。
正規の騎士団ですらそうなのだから、少なくともジャグナーの戦いにおいては、傭兵の出る幕は最初からなかったといっていい。
にもかかわらず、レオノアーヌと彼の率いる猛狗傭兵団は、サンドリアに現れた。
カネの匂いをかぎつける嗅覚、といってしまえばそれまでだが──────
その後に起きた王都防衛戦で華々しい戦果を上げ、王国から多額の報奨金をせしめた彼ら。
まるで、王都へのオーク帝国軍の襲来を予期していたかのようなタイミングで彼らが現れたのは、はたして偶然なのだろうか?
「そうそう、レオノアーヌ様はいつも、まぁなんというかガラの悪い方々に囲まれておいでなんですが、なかにはそうでない方もおられたようですなぁ。」
「というと──────?」
「えぇ、あれは白魔道士のアーティファクトってんですか? 赤と白の衣裳に身を包んだ、随分とかわいらしい青年と話をされておられた時もございました。」
「白魔のアーティファクト……」
ヴェスティーレがすうと目を細める。
「しかもその青年、よりによってゴブリンを連れてやがったんですよ! あっしゃ今にもそのゴブリンが店に入ってくるんじゃないかとヒヤヒヤしっぱなしで──────いやね、そのゴブリンが怖いとかじゃなくてですな。荒っぽいウチのお客に見つかりでもしたら、それこそ公開処刑でも始まりそうで……!! もう気が気じゃないったらありゃしませんでしたよ。」
ゴブリンを連れた白魔道士の青年──────。
ヴェスティーレの知る限り、王都広しといえど、該当者は一人しかいない。
「なるほど、よく分かった。ほらよ、追加の報酬だ。」
「おぉ、これはありがたい………ご質問はもうよろしいんで?」
「ああ、知りたいことは大体聞けた。」
「さようでございますか。…次は是非、お客としておいで下さいや。酒の品揃えだけなら獅子の泉亭にも負けやしませんぜ。」
ヴェスティーレは苦笑し、肩をすくめた。
「オレはそこらの傭兵よかよっぽど貧乏なんだぜ? 客引きすんなら金持ちを狙えよ。」
「またまたぁ。お話の報酬だってこんなに下さったお方が。」
「これは公費だよ……。邪魔したな、親父。」
南サンドリア北東の従者横町に並ぶ質素な宿所の扉を叩いた時、日は既に西の端に傾きかけ、暮れなずむ街角にはそこここに夕餉の煙が立ちのぼっていた。
ヴェスティーレは通りに背を向けるとコートの襟を立てた。………この界隈に騎士団の者が訪れることはあまりないはずだが、万が一ということもある。できれば無駄な接触は避けたい。
ややあって、カチャリと、扉が音を立てて開かれた。しかし、そこから顔を覗かせたのは、ヴェスティーレが予想もしていなかった人物だった。
「おや。これはこれは……」
すうと細めた瞳で、私服姿のヴェスティーレをじろりと一瞥する。
「ギュスターヴ…? なんでお前が………」
自らの声の温度が急速に下がっていくのを自覚しながら、ヴェスティーレは呟いた。
その男──────ギュスターヴは、ヴェスティーレの声が聞こえなかったかのようにさらりと無視すると、ゆったりと後ろを振り返り、家屋の中に声をかけた。
「お客のようだよ、ジョゼアーノ」
パタパタと軽い足音が近付き、ジョゼアーノの赤い頭髪が扉の陰からのぞく。
「あ。─────ヴェスティーレ様。」
「よう。」
スリッパをはいたまま姿を現すジョゼアーノに、ヴェスティーレが片手を軽くあげる。
「…さて、こんな時分に、予想だにしなかった人物が現れたようだね? 茜隼騎士隊は確かラヴォール村に駐屯中のはずだが………、就任早々ヘマでもやらかして除隊されたのかな?」
ヴェスティーレはギュスターヴのしみひとつない法衣に施された瀟酒な刺繍を睨みつけると、フンと鼻を鳴らした。
「あいにくだったな。オレは就任早々アイドル並みに隊員に慕われていてね。オレを除隊なんざしようもんなら、あいつら本気で王都に反旗を翻しかねないぜ。」
「いっそそうなってくれれば、まとめてすっぱり処分できてせいせいするのでしょうにねぇ。─────あぁ、反旗を翻すのは、わたしの婚姻が済んでからにして下さいね。邪魔をされるのはまっぴらですよ。」
「なにが婚姻だよ、この戦時中にめでてえ野郎だな。大体、ハナシを取り仕切ってたグライナー卿がラテーヌの戦いで命を落とされて、結果的に婚姻は白紙になったって聞いたぞ?」
フッと、ギュスターヴはつややかな黒髪を揺らし、かすかに笑うと、
「おめでたいのはどちらですかね、ヴェスティーレ君…。グライナー卿が名誉の戦死を遂げられ、アシュメアが代わって当主になった。それだけのことです。わたしとアシュメアが許嫁同士なのは、我がマリユス家とグライナー家との間で遥か以前より決められていたこと。今更くつがえるものではありません───── 一体誰が、白紙になったなどと言ったのです?」
「ッ、………」
まさかアシュメア本人から聞いたとも言えず、ヴェスティーレが言葉を詰まらせる。
ギュスターヴ・V・マリユス──────。
神殿騎士団本隊に籍を置く文官であるが、同時にサンドリア国教会の終身助祭でもある。
マリユス家は代々、司教またはそれ以上の司祭階級に就いてきた由緒正しき家柄であるが、ギュスターヴは神学校で神童と呼ばれる程の頭脳の持ち主であったにもかかわらず、終身助祭として生涯を通じ司教の補佐役に徹することを選んだ。
その理由はマリユス家とグライナー家との間に過去交わされた誓約にあった──────"互いの長男長女が成人に達したら、婚姻させる" と。
司祭階級にありながら妻帯者となるには、昇格の道を捨て、終身助祭の身に甘んじるしかない。
純白の法衣に身を包み、つややかな黒髪をなびかせるギュスターヴは端から見ても腹が立つ程の美男子で、それが妻帯もできる身分とあって、とにかく女性信徒の取り巻きが絶えなかった。だが、ギュスターヴ自身はどんな美女に言い寄られようと眉一つ動かさず、穏やかな口調で "アルタナさまの御心のままに─────" とだけ答える。
そこがまたいいのよぉ、と女共がますます熱を上げるわけだ。
口さがのないラジュリーズに言わせれば、頭の固い、アルタナ信仰の原理主義者──────でもあった。
「新米隊長がどこで何をしようが、わたしのあずかり知らぬことではありますがね、ヴェスティーレ君。これだけは忘れないでいただきたい。爵位も持たぬ君がいきなり王立騎士団の隊長に抜擢された理由はなんなのか─────、とね。」
「なんだと…?」
ヴェスティーレはギュスターヴの冷徹な美貌を睨みつけた。
「おや、まさか実力で勝ち取った職だとでもお思いになられた? ─────まさかね。全てはアシュメアのわがままが原因なのです。我が愛しいアシュメアが、いくら説得しても父君の隊を継ぐと言ってきかないから─────…」
「ハン、オレはアシュメアのおもりってわけか?」
ヴェスティーレが忌々しげに言うと、ギュスターヴは心底悲しげに両手を広げ、
「アシュメアがこの王都にさえいてくれれば─────。父君の隊など継がずとも、荒事は部下に任せて御身をこの街に置いてさえ下されば、このギュスターヴが命に代えてもお護りしようものを…。全く嘆かわしいことです。春の野に舞う小鳥のようなあの方には、野蛮な剣技などお似合いにはならぬというのに。万が一、彼女がオーク共の手にかかりでもしたら、わたしは──────…。」
「……はッ」
ヴェスティーレは鼻で笑うと、事の次第を戸惑った瞳で見つめていたジョゼアーノに声をかけた。
「おい、お前の家に招待はしてくれねえのか? いいかげん寒ィんだけどな。」
「あ、失礼しました。よかったら中へどうぞ、ヴェスティーレ様。─────あの、ギュスターヴ様、申し訳ありませんが………」
ギュスターヴは別人のようにふわりと優しい笑顔をジョゼアーノに向けた。
「あぁ。すまなかったね、ジョゼアーノ。つい長居してしまったようだ。それではまた。」
純白の法衣の裾をひるがえし、ギュスターヴはすっかり闇のとばりの落ちた従者横町へと足を踏み出した。
去って行くギュスターヴの後ろ姿を見ながら、ヴェスティーレはチッと舌打ちした。
「あのジャジャ馬のラリアートがどんだけ強烈か知らねえクセに……。あいつがそこらのオークにやられるタマかよ。」
「ラ、ラリアートってなんです………?」
真顔で首を傾げるジョゼアーノを見て、ヴェスティーレの中にわだかまっていた暗い怒りも徐々に霧散していく。
「お上品に育ってきた奴は一生喰らうことのねえ技さ。…腹減った、ついでにメシ食わしてくれよ。」
* * *
ヒヤリと首筋を流れる、生き物のような冷気。
天候は、妖霧──────。
不透明に渦巻く暗紫色の霞が視界を妨げる。ねっとりとからみつく風をかきわけるように進む二人に、点在するトーチの炎がゆらめく光を投げかける。
「イヤな空気だ──────…」
広間へと通じるらしい通路の壁に身を潜め、鉄格子で組まれた巨大なゲートを透かし見たミュゼルワールは、動くものの気配がまるでない深閑とした辺りの空気に眉をひそめた。
牢の壁を破る際、かなりの衝撃と爆音があったにもかかわらず、予想していた敵の襲来がなかったことにミュゼルワールは却って不安をつのらせていた。不規則に並ぶ牢獄と迷路のように入り組んだ通路──────、慎重に歩を進める二人を遮るはずの敵の姿がどこにもない。
……嫌な予感がする。
同じく壁に身を寄せ、ゲートの隙間から広間をうかがい見たレオノアーヌは、肩をすくめるとゲートの開閉装置に手をのばした。
「まぁ、いいんじゃねぇの─────オークの奴らとやりあって武器を奪う算段が外れたのは痛てぇけどよ。」
ゴウン、と地響きを立てて重いゲートが持ち上がる。
武器の入手は確かに急務だった。このまま敵との接触なしに外部へ脱出できるとはとても思えない──────獣人の身につけた鎧は人間には装備不可能なため防具の入手は望むべくもないが、レオノアーヌの魔法が封じられたままである今、攻撃の手掛かりが素手と暗黒魔法のみという事態はなんとしても避けたい。
ゲートをくぐり抜け、広間へと足を踏み入れた二人は、突然開ける広大な視界に幾分かの戸惑いを呈した。
それまで息苦しさを覚えるほど狭い空間に閉じ込められていたからというのもある。だが、ここが本当にザルカバードであるなら──────これだけの建造物が、人間諸国に気付かれることなく存在していたという事実に戦慄を覚える。
「どんだけデケェんだよ、この建物は──────天井がかすんで見えねェじゃねぇか。」
「これは……予想外だな。」
闇雲に進むにはあまりに広大すぎる空間に、ミュゼルワールは目を細め、妖霧に半ばかすんで先端の見えない幾本もの柱を見上げた。
上にいくにつれ徐々に太くなっていく柱は、生き物のようないびつな曲線を描きながら、高い位置で柱同士蜘蛛の巣のように支柱をはりめぐらせている。
まるで柱そのものに意志があり、うねりながら天井を支えているかのような………一度見たら忘れられない光景。
──────自分は、確かにここにいたはずなのだ。それも、かなり長い間。
地形なり、敵の配置なり、何かひとつでも思い出すことができれば──────…。
探ろうとすればするほど、周囲を包み込む妖霧のように曖昧にほどけていく記憶に、ミュゼルワールは吐き気を覚えて喉元に手をやった。思い出すことを身体が拒んでいるかのように、激しい頭痛がする。
「大丈夫かよ? ……せめて昼間は戦力でいてくれよな。」
油断のない目付きで周囲を伺いながら、さして心配そうでもない口調でレオノアーヌが言う。
だが、それが皮肉な響きを帯びていないことが、ミュゼルワールには意外だった──────昨日の話の流れでいけば、嫌味のひとつも言ってきそうなものなのだが。
………昨夜のうちに、何かあったのだろうか。
夜の記憶の抜け落ちた自分がもどかしい。さりとて、なにがあった──────と聞く気にもなれず、ミュゼルワールは視線を前に向けたまま返事を返さなかった。
広間の向かい側の壁にも、似たような鉄のゲートが三ヶ所あった。だが、その向こうに広がるのが、先程まで収容されていた牢獄のあるエリアと似たような造りであることが分かると、二人は広間へと引き返し、妖霧に満たされた薄暗い広間を壁沿いにぐるりと一周してみた。
ほぼ正方形に近い広間は、向かい合わせの二辺の壁にそれぞれ鉄のゲートが三ヶ所ずつあり、そのどれもが牢獄のある迷路のようなエリアへとつながっている。
それ以外の出口が、別の一辺の壁に一ヶ所だけあった。
ぽっかりと壁に空いたその出口からは、細く、まっすぐな通路がどこまでも伸びている。妖霧にかすんで先が見えないところをみると、かなり長い通路のようだった。
「─────気付いたか?」
ミュゼルワールの声に、レオノアーヌがかすかに頷く。
「あぁ。妖霧が流れ込んできてやがる………外に通じてるかもしれねぇな。行ってみようぜ。」
細く長い通路に身を置くことは、万が一敵から挟撃された場合、逃げ場を失うことを意味する。
全身の神経を尖らせながら、二人は妖霧の深く立ち込める通路へと足を踏み入れた。
等間隔に壁に据えられた燭台の炎が、かろうじて足元の床を照らし出す。
ゴツゴツとした黒灰色の床は、しばらくは平坦なままだったが途中から長い下り階段になり、気が遠くなる程の段数を、二人は足音をひそめつつ慎重に下りていった。
「お前、その魔法はどこで覚えた………?」
周囲の気配を伺いながら、ミュゼルワールが不意に呟く。
先に立って歩いていたレオノアーヌは、その声に驚いたように振り返った。
「……あ?」
まさかこの状況で世間話でもしたいのかと眉をひそめるが、暗がりを透かし見ると、ミュゼルワールの顔には険しい表情が浮かんでいる。
「…な、んだよ。いきなり」
「いや………」
ミュゼルワールは二人の通ったルートを全て記憶しようとでもいうかのように、のばした片手を慎重に壁面に滑らせながら、
「さっきの──────おまえの、魔力の泉な」
「ん……?」
「オレら王国騎士は、あんな魔力の制御の仕方はしねえ………。いや、騎士に限らず、黒魔道士だってなんだってそうだ。王国の魔法の使い手は皆一様に、魔力は聞くものだって教わるんだ………。」
「聞く? ……聞くって何だ? そっちのがよっぽど分かんねェよ。」
言いながら、レオノアーヌは通路の壁に埋め込まれた燭台の台座に手をのばすと、壁から引き剥がすことができないかと力任せに揺さぶってみた。
壁や床と同じ素材でできているらしい台座は、まるで周囲の壁と一体化しているかのようにびくともしない。
レオノアーヌは諦めたように台座から手を離した。
「言葉の通りだ。大気に満ちた精霊の息吹を耳で聞き、体内を巡る魔道の流れを耳で聞く──────王国だけじゃねえ、連邦の奴らも使う表現らしいぞ? もともと魔法は奴らの専売特許だったんだからな。」
「だからなんなんだよ………。」
一気に興味を失ったらしいレオノアーヌがため息をつきながら、闇にかすむ前方を見据える。
妖霧から一転して、外は雪が降り始めているようだった。おそらく空は激しい吹雪にかき乱されているのであろう──────ゴウッと、うなるような風の音が、壁や空気を伝わりここまで響いてくる。
気温が急激に下がったのだろう、ミュゼルワールの指先に触れる黒灰色の壁が、ヒヤリと芯の凍るような冷気を放ち始める。
薄手のシャツ一枚でも寒気ひとつ感じない自分は、外気温と差がないくらいに体温が下がっているのだろうか。
だが、ミュゼルワールはレオノアーヌに視線を向けるとそんなことを考えるのも無意味な気になった。剥き出しの肌を晒し、上半身裸のまま平気な顔で歩を進めるレオノアーヌは、よっぽど体温が高いか鈍感なのかのどっちかなのだろう。
「あんな風に、無理矢理力ずくで魔力を制御する奴なんざ見たことねえっつってんだよ。…あれじゃ、まるで、」
「犯してるみてぇってか?」
表現を選ぼうと言葉を途切らせた自分をあざ笑うかのように、レオノアーヌが言い放つ。
「っ、………」
「ん〜…、そうだなぁ」
レオノアーヌはどこからか宙をひらひらと舞いおりた雪の一片を右手でぱしっとつかみ取ると、瞬時に溶け去る結晶の残した冷たい感触を楽しむように、広げた手のひらに舌先を這わせた。
「あながち間違いじゃねェなぁ、その表現は。俺も意識したこたねぇけどよ、言われてみりゃ確かに、無理矢理犯すカンジだ。………だからぶっ放す時あんなにキモチイイんかな?」
ニヤリと舌を覗かせて笑う。
ミュゼルワールは呆れたように首を振った。
「てめぇの変態性癖の話がしたいんじゃねえよ…。」
変態はねぇだろォ、と抗議するレオノアーヌを無視して、ミュゼルワールが言葉を続ける。
「独学で習得できるほど、精霊IV系は生易しい技じゃねえはずだ………。だが魔法を覚えたのが王都でも連邦でもねえとすると──────」
「……チッ」
レオノアーヌがかすかに舌打ちする。
「なんなんだ一体。アンタそんっなに俺に興味あるようにゃ見えねェがな?」
「…てめぇに興味なんざねえ」
「だったら何で!!」
思わず声を荒らげてしまい、レオノアーヌは慌てて辺りを見回した。
感知できる範囲内に敵のいるはずもなく、シンと静まり返る空気に、レオノアーヌはボリボリと頭をかくと、ミュゼルワールに背を向けてさっさと歩き出した。
「アンタの暗黒魔法だって似たようなモンじゃねぇかよ。あの化けモンに手取り足取り教えてもらったんじゃねぇのか?」
「いちいち人の神経を逆撫でる奴だな……。」
レオノアーヌの後を追いながら、ミュゼルワールは内心呟く。
(あの魔力の制御の仕方──────。あれは………)
自分は、似たような制御の仕方をする者達を知っている。
………王国兵なら、誰でも知っているだろう。
──────レオノアーヌの魔力の使い方は、魔道士系のオーク達が使う方法に酷似していた。
(気のせい─────か……?)
ようやく長い階段を下りきると、また平坦な道となった通路の遥か先に、出口とおぼしき白い光が見えた。
今ははっきりと吹雪のうなる音が耳に届く。──────外が近い。
だが、通路を抜け、外気の中へと身を晒した二人は、淡い失望を抱くことになった。
久方ぶりに拝む空ではあったが──────、そこは依然として正体不明の建造物の中だった。正面にまっすぐ伸びる通路は巨大な鉄のゲートで塞がれている。
そのゲートさえ開くならば、そのまま吹雪の吹き荒れる空の下を進むことができるのだが、開閉装置のようなものはどこにも見当たらなかった。
二人のいるのは左右対称に広がるバルコニーのような場所で、右と左にそれぞれ一ヶ所ずつ、下方へと伸びる階段がある。
ためしに左側の階段を下ると、二人の頭上を再び黒灰色の天井が覆った。
相変わらず敵の気配はどこにもない。
妖霧に満たされた通路もそれなりに視界が悪かったが、吹雪の吹き込む今のほうが状況は悪化していた。……全ての音が、荒々しくうなる風にかき消されてしまう。再び建物の中に入ることで多少は風の音も遠のいたが、外で吹雪が吹き荒れるたび、地響きのように床や壁が振動する。
こちらからだけでなく、敵からもこちらを感知しにくくなるのが救いといったところか。
階段を下りた先を右折した二人は、右手の壁沿いにしばらく進むと、次に現れた分かれ道の前で立ち止まった。
「なぁ、─────」
どちらに進もうかと、伺うように視線を巡らせるミュゼルワールに、ふとレオノアーヌが声を上げる。
「…何か、感じねェか?」
「──────何をだ?」
いぶかしげに振り返るミュゼルワールに、レオノアーヌは顔をしかめると、
「なんつうか…なんつーんだろな、もンのすごくイヤ〜な感じだ………」
「……敵か?」
レオノアーヌは首を振った。
「違うな、これは──────少なくとも獣人共の気配じゃねぇ。といって、あのコウモリ野郎でもねぇしな………クソ、首筋の辺りがチリチリしやがる」
「オレは何も感じねえが…」
「─────とりあえず、こっちからしてるみてぇだ。そのイヤ〜な気配はよ…」
そう呟くと、レオノアーヌは分かれ道を左へと進んでいった。
道なりに進むと、また行く手が二手に分かれる。
二人は短い階段を上り、敵がいないのを確かめてから、やや広くなったスペースへと姿を現した。
それは奇妙な場所だった──────正方形の広場のど真ん中に、床のほとんどを占める程に巨大な穴が穿たれている。
その穴の周囲を取り囲むように、大きく切り立った牙のようなオブジェと、炎を灯したトーチが等間隔に配置されていた。
トーチは全部で八本立っていた。二本ずつがセットになり、穴の四隅をゆらめく炎で照らし出している。
「あの下だ─────見えるか?」
レオノアーヌが片膝をついて穴の縁から下を覗き込み、低い声で言う。
ミュゼルワールは隣に屈み込むと、レオノアーヌの視線の先を伺い見た。
かなりの深さがあるらしいその穴は、底へと続く湾曲した壁面にいくつか横穴があり、それぞれの入口は小さな二台の燭台の炎で照らされていた。──────自分達の真下にも、張り出した壁面に揺れる炎が二つ。
上から下へは下りられるが、下から上へのルートがあるかどうかは定かではない。
「クソ、暗いな。こっからじゃよく見えねェ……」
舌打ちしたレオノアーヌが、不意に何もない空間に身を躍らせた。ミュゼルワールが止める間もなく、真下に張り出した壁面へと飛び降りていく。
「なッ、──────あの馬鹿!!」
一瞬ためらってから、ミュゼルワールも同じく床を蹴った。
壁面の三分の二ほどの高さにあるその場所は、穴の底までの距離はまだあるものの、先程いた場所よりははっきりと底の様子を伺うことができた。
張り出した床に腹這いになり、熱心に穴の底を覗き込むレオノアーヌを前に、ミュゼルワールはまず周囲を素早く見回し、そこがただ単に張り出したの壁の一部ではないことを知って安堵した。………横穴のひとつだ。背後に、暗くのびる一本の通路がある。
「馬鹿野郎、退路の有無も確認せずに飛び込むんじゃねえ!!」
声を抑えつつも語気が荒くなるミュゼルワールに、レオノアーヌは穴の底から視線を外さないまま、
「…別についてこなくったってよかったんだぜ?」
ドカッと脇腹を蹴られ、うぇ、とレオノアーヌが呻き声を上げる。
「─────で、何があったんだ。結局」
ミュゼルワールはレオノアーヌの隣に片膝をつき、穴の底を覗き込んだ。
深い底を照らし出す灯りは、自分達が今いる場所から放たれたものではない。──────丸い穴の底の四隅に、赤々と火を灯すトーチが一本ずつ。
それらが、穴の底の中央にある何ものかを正確に四方向から照らし出している。
ゆらめく炎を受け、中央にそそり立つ "それ" から、四方へと同時に伸びる影。
「両手剣──────か…?」
ミュゼルワールが呟く。
この高さまで下りてきたことで、今ははっきりとその形を視界に映すことができる──────床の中央に、深々と突き立てられた一本の巨大な剣。
目を引くのは、湾曲した刃が二股に分かれた、その特徴的な形状だけではない。……トーチの灯りを乱反射する、するどい黄金色の輝き。
「見た目だけで判断するなら、ゴールドアルゴル……か……。だが、何か妙だな─────」
ミュゼルワールが、形のない胸騒ぎをどう表現しようかと、言葉を途切らせる。
レオノアーヌはニヤリと笑うと、からかうような視線でミュゼルワールの顔を上目遣いに見上げた。
「アンタさっきはなんも感じねぇって言ってたじゃねぇか。」
ミュゼルワールは一瞬レオノアーヌの顔を睨みつけたが、再び吸い込まれるようにゴールドアルゴルの輝きに視線を戻すと、
「ここまで近寄れば、さすがにな─────。…アレは、ヤバいんじゃねえのか? 呪われてるなんてもんじゃねえ、生半可な解呪じゃ効きゃしねえだろう……そもそも武器ですらねえのかもしれねえな。何かの儀式用ってところか?」
「かもしんねェなぁ………。」
ミュゼルワールの声に、低く呟くと、──────
レオノアーヌは、食い入るように見つめていたゴールドアルゴルからふと視線を外し、広げた手の平を見た。
小刻みに震える五本の指。
「確かにヤバいよなぁ、あれはさすがに──────。…なのに、なんでだ? アレを見た瞬間から、……いや、アレの気配を感じた瞬間から、この手がやけに震えやがる──────…。」
「……レオノアーヌ……?」
不意に立ち上がるレオノアーヌに、ミュゼルワールが不審そうに声をかける。
「…今度はついてくんなよ。」
呟くと、レオノアーヌは再びその身を宙に躍らせた。
「──────!?」
「共倒れはイヤだからな、アンタはそこで見ててくれ。」
しなやかに空中で一回転して底に降り立ったレオノアーヌは、愕然と下を見下ろすミュゼルワールにニィと笑みを投げると、ためらうことなくその剣のほうへと足を向けた。
「レオノアーヌ!!」
ミュゼルワールの声にも、振り返ることはない。
近付くにつれ、自分の本能が狂ったように警笛を鳴らすのを、レオノアーヌははっきりと感じ取っていた。
──────ミュゼルワールに言われるまでもなく、この剣はヤバい。いわゆる呪われた装備などという、職人が作り出す合成品の類いとは比べ物にならない………視覚化できるほどにゆらめきたつ、圧倒的に禍々しい妖気。
あと一歩という所でレオノアーヌは立ち止まり、まばゆいばかりの輝きを放つその刃を、目を細め睨みつけた。
肉厚の刃が熱を孕んででもいるかのように、熱く歪む周囲の空気。
(…スゲェな。禍々しい気が波動みてェに押し寄せてきやがる──────)
合成品ならば少なくとも、職人がそれを手にしても無事でいられることを意味している。
だが、目の前にあるこれは──────人間が手を触れれば、只では済むまい………。そうはっきりと確信させる何かがあった。
にもかかわらず、レオノアーヌの手は小刻みに震え、抗いがたい力に引き寄せられるように、その黄金の輝きへとのばされていく。
「レオノアーヌ! よせ……!!」
ミュゼルワールの声をどこか遠くに聞きながら、………
レオノアーヌの手が、しっかりとゴールドアルゴルの柄にかけられた。
「──────ッ!!!」
途端、弾かれたように身体を震わせ、レオノアーヌが声にならない呻き声を放つ。
全身を貫くのは、灼熱の電流──────。
咄嗟に手を離そうとするが、柄にかけられた手は、それ自身が固有の意志を持つかのようにがっちりとそれに食らい付き、離そうとしない。
レオノアーヌは音を立てて床から刃を引き抜いた。
「─────クッ、……」
全身が灼けつくような感覚に、レオノアーヌは剣を握りしめたまま、ふらりと二、三歩後退した。大量の汗が一気に噴き出し、剥き出しの肌を濡らしていく。
──────浸食。その言葉が脳裏に浮かんだ。
灼熱に浸食される。
歯を食いしばり、その身を焦がす苦痛に顔を歪めながら、レオノアーヌはふと、
奇妙な違和感を自身の中に感じ取った。
まるで細胞のひとつひとつがそれに侵されることを拒絶するかのように震える、その一方で──────。
ひりつくような灼熱に呼応するかのように、熱狂し猛り狂うなにものかが自分の中にある。
(な…んだ……? これは──────…)
レオノアーヌは戸惑った視線を宙に向けた。褐色の肌がざわりと蠢動する。
きらめく双刃の切っ先を床に突き立てると、レオノアーヌはきつく目を閉じ、震える息を吐いた。
なんでもいい、この刃で何かを斬ってみたい──────
断末魔の悲鳴をまき散らし、無様にのたうちまわる獲物を、肉片の一つたりとも動かなくなるまで、ズタズタに切り刻んでみたい。
唐突に沸き上がった強烈な欲求に、意識を根こそぎ奪われそうになる。
「…ア、─────…」
空いた左手が、震える指で、とめどなく汗の伝う額と、落ちかかる前髪を押さえつけた。
(…落ち、着け──────ただの剣だ、これは…ッ。 …ゆっくり手を離せ、………ゆっくりと、…離したら、この場から離れるんだッ………。)
言い聞かせる自分をあざ笑うかのように、右手がなおもしっかりと剣の柄を掴む。
食いしばった歯の間から獰猛な呼気が洩れた。レオノアーヌは自らの喉が獣のような唸り声を発するのを、意識の端で遠くに聞いた。
(…ダメだ、─────身体が、いうこと …を、きかね…ェ………。 クソッ、 どうすりゃ…いい)
思考すらも奪われていく。
今更ながらに、ミュゼルワールの忠告に耳を傾けるのだったと、かすれていく意識の中で自嘲気味に笑った。
そのミュゼルワールは、どうしているのか──────。
気にかける余裕は、レオノアーヌにはなかった。
【その霊剣を手にして立っていられるとはな、レオノアーヌ…。それは絶対皇帝より賜りし、我らオークの宝。人間には触れることも叶わぬはずのものだ──────。】
不意に響き渡る声。
その声には、確かに聞き覚えがあった。
レオノアーヌはハッと我に返ると、震える歯の根を食いしばり、鋭い視線を辺りに投げつけた。
同時に、つきつけられる幾本もの刃。
手に手に武器を構えた数えきれぬ程のオークが、レオノアーヌの周囲をいつの間にか取り囲んでいる。
そのオーク達が文字通り空中から現れたのだと、レオノアーヌは気付いた。壁面の高い位置に穿たれた三つの横穴から、重鎧に身を包んだオーク兵が、レオノアーヌ目掛け次々に飛び降りてくる。
ミュゼルワールがいるはずの横穴からも吐き出されるオークの群れに、レオノアーヌは自身の置かれた立場も一瞬忘れ、目を見開いた。
(…ミュゼルワール──────!? まさか、捕まっちまったのか……?)
【聞こえるか、レオノアーヌ──────皮肉なものだな。】
レオノアーヌの様子を離れた場所から注視しつつ、声の主が言葉を続ける。
【お前があれほど忌み嫌っていたオークの血が、今お前の身体を破滅から遠ざけているのだからな………。】
【その声…、グワッジボッジだな………。てめェッ、声だけじゃなく姿を見せやがれッ!!!】
噛み付くように怒号を放つレオノアーヌに、──────
最も高い位置にある横穴から、一際大きな体を赤錆びた色の鎧に包んだ一体のオークが姿を現した。
オーク帝国軍第 I 野豺軍団の先鋒を率いる猛将、隻眼のグワッジボッジ──────。
【その霊剣に触れることができるのは、我らオークの一族のみ………。人間ならば、その輝きを手にして正気でいられるはずがない。…この意味が分かるな? レオノアーヌ──────】
グワッジボッジは兜の隙間から炯々たる眼光を放ちながら、レオノアーヌを見下ろし、言い放った。

