《秋のヴァナディール創作祭》参加作品
ストーリー・小説 古賀 徹
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緋炎に捧ぐ盾・前編
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この小説はフラッシュ作品『偽りの花嫁 -Decoy Angel-』のサイドストーリーです。
視聴の際は『アンジュリーク(PV)』→『偽りの花嫁 -Decoy Angel-』→
『緋炎に捧ぐ盾』の順にご覧になることをお勧めいたします。
* * *
養父が死んだ時のことを俺はよく覚えている。
街の片隅で私塾を営んでいた養父を慕う者は多く、葬儀には親族だけでなく遠来の門下生も数多く詰めかけていた。
ただの養い子にすぎなかった俺は葬儀に参列することを許されず、棺に花を供えていく人々の流れを遠くから眺めていることしかできなかった。──────蓋の閉ざされた棺が実は空っぽであることを、列席者のほとんどは知らない。
「同じ隊におられた方くらいはお見えになると思ったのに、どなたもいらっしゃいませんでしたね。」
「退役したとはいえ、在任中は騎士団きっての魔法剣士とあれほどもてはやされていたのに………」
「ねぇ、聞きました? 昨夜遅くお屋敷を訪れた騎士団のご使者の方が、マルゴ様に落雷一喝、追い返されたそうですわ。なんでも、団員の方が参列しない代わりにと、大金をお持ちになられたのだとか。」
「それにしても妙ですわね。旦那様はご友人の元を訪れるとおっしゃってお屋敷を出られたのでしょう? それなのにいきなり死亡通知だけが届いて、ご遺体も見つからないままだなんて………」
粛々と式の執り行われる大広間とは対照的に、使用人の行き交う厨房では遠慮のない会話があちこちで交わされていた。大きな調理台の下に身を潜め、頭上で繰り広げられる噂話に耳を傾けていた俺は、不意に背後から伸びてきた大きな手に耳をぐいと引っ張られ、台の下から引きずり出された。
「イッテェ!! なにすんだよクソババァ!!」
「コソコソ盗み聞きしてんじゃないよ!! お式が終わるまで二階に引っ込んでろと言ったのが聞こえなかったのかい?」
千切れるんじゃないかと思うほど俺の耳をギリギリと引っ張る鬼の形相のババァは、使用人頭のマルゴ──────俺の養父のライニマード様が幼少の時分にはすでにこの屋敷にいたという、ここのヌシのような存在だ。
「いいじゃねぇかよ下にいたって!! 大広間にゃ近寄っちゃいねぇだろ?」
「口答えすんじゃないよ!! お前達もお前達だ、下らない噂話なんぞするヒマがあったらさっさと手ェ動かしな!!」
矛先を向けられた給仕人達が慌てて四方に散っていく。マルゴは俺の首根っこを掴んだまま厨房を横切り、裏口のドアを開けた。
「あの子も可哀相に………。旦那様がお亡くなりになった今となっちゃ、後ろ盾になる者もいなかろうて──────」
誰かが呟く声がする。振り返る暇もなくマルゴが後ろ手にバタンと扉を閉めた。
「とにかく今日一日は大人しくしててもらわなきゃ困るんだよ。ご親族の方々に悪い印象でも与えてごらん、あたしでさえ庇いきることができなくなっちまう………」
マルゴが大きく溜め息をつきながら呟く。俺は暴れるのをやめ、マルゴの顔を見上げた。
「なぁ、やっぱ俺ここから追ん出されんのか?」
マルゴは俺の首根っこを掴んでいた手を離すと、呆れたように首を振った。
「ガキが余計な心配してんじゃないよ、全く」
「…俺、別に構わないぜ? 旦那様直々に仕込んで頂いた剣の腕がありゃ、俺一人でだって………」
「シモの毛も生えてないガキがどこに仕官するつもりだい? いいからとっとと二階に消えな。─────あぁ、お前、今夜はお嬢様の側にいておあげ。お嬢様もお可哀相に………甘えたい盛りにお父上を失い、当主の座を継がされるなんて………。」
「なんだよ。いつもは部屋に近付くなとか言うくせにさ。」
「今夜は特別だよ。お前も男ならお嬢様のお苦しみを少しは和らげておあげ。いいね、ドゥルマイユ」
俺が普段寝泊まりしているのは使用人達にあてがわれた家屋だ。メクリュ家の敷地は広い。当主一家が居城とする屋敷は緑の木立を抜けた先にあり、夕刻を過ぎてから俺がそこに立ち入ることは滅多にない。
「……クリルラ? いるのか?」
ひっそりと閉ざされた扉はノックをしても反応がなく、俺は勝手に開けるのもためらわれて扉の前にしばし佇んでいた。
廊下の窓ガラスの向こうで、ザワッと風が木立を揺らす音が響く。月明かりがやけに眩しい。
そうか、今夜は満月か──────ぼんやりと俺がそう思っていると、扉の向こうでかすかに人の気配がした。
「…開けるぞ?」
ドアノブに手をかける。鍵はかかっておらず、軽く押しただけで扉はすうっと奥に開いた。
灯りは点いていない。窓から差し込む月の光だけが部屋の中をおぼろに照らし出している。クリルラは膝を抱えてベッドの上に縮こまっていた。丸いクッションに顔を半ば埋めていて、こちらを見ようとはしない。
「……何しに来たのよ。バカマイユ」
俺は肩をすくめた。……少なくとも、口調はいつものクリルラと同じように見える。
「そんなの俺が聞きてぇよ。マルゴのババァが行けっつったから来たんだ。帰っていいなら今すぐ帰るぜ?」
「──────だめ」
「何が?」
クリルラはぐずぐずと鼻を鳴らしながらクッションから顔を上げた。どうやら泣いていたらしい………俺は動揺が顔に出てしまったんじゃないかと内心焦った。
「あんたの、その服、──────変なカッコ」
泣いてるのをごまかしたい気持ちもあったんだろう。クリルラが俺を見ながら涙声で言う。
「仕方ねぇだろ。親族連中にいい印象与えなきゃいけねぇんだってさ。」
「全然似合ってない」
俺は溜め息をついた。子供用の礼服など好きで着ているわけじゃない。
「お前だって黒のワンピース全っ然似合ってなかった。」
「あたしは似合うもん」
「放っといたら五分もしないうちに汚しそうじゃね? 」
「似合うもん……」
語尾が震えるのを聞き、俺はまた焦る。焦っていることを気付かれそうで焦る。
「っだよ、俺が泣かしたみてぇじゃねぇか!! マルゴのババァに殺されちまう!!」
「………っ…」
俺はどうしたらいいか分からず、とっさに思いついたことをそのまま口にしていた。そういえばマルゴに口止めされていたんだと、気付いた時には遅かった。
「そんなに俺がイヤなら丁度いいじゃねぇか。どうせ俺ここから追い出されんだろ? そうすりゃ俺の顔なんざ見なくて済むようになるぜ。」
「え、」
クリルラが顔を上げる。
「追い出される…って………なんで?」
「なんでって……」
俺は言葉に詰まった。──────クリルラは誰からも、何も聞かされていないのだろうか?
「元々俺は旦那様の一存でここに置かせてもらってたようなモンだしよ………親族連中はみんな俺が残ることに反対してるって聞いたぜ。まぁしゃあねぇよ、血のつながりもねぇ孤児を養う義理はねぇもんな。」
「そんなの………だめ…」
「だから何がダメなんだ?」
声を荒らげて言い返した俺は、一瞬後には自分が何か失敗したらしいことに気付いた。──────クリルラの見開かれた瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちている。
高く声を上げて泣きじゃくるのであればまだマシだったと思う。必死に嗚咽を噛み殺そうと肩を震わせるクリルラの姿は痛々しく、俺は目を伏せるしかなかった。
「あんた…まで……あたしを一人に…………するの……?」
「っ、いや、あのさ」
「この家にいるのが………イヤ……?」
「…ンなわけねぇだろ」
ぶっきらぼうに言うと、クリルラの肩がぴくりと動いた。
「俺は出てけって言われりゃ逆らえねぇ立場だ、どうしようもねぇだろ…」
「だったら、あたしが出て行くなって言ったら?」
「……それは」
「あたしはメクリュ家の当主なのよ? そのあたしがここにいろって言ったら、いるの?」
「──────…」
「答えてよ、ドゥルマイユ……」
首を一度縦に振る、たったそれだけの行為に、貧血を起こしそうなほど緊張したのは初めてだった。額に汗までかいていた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、クリルラが笑う。メクリュ家のお嬢様は本当にお小さい時から賢くて冷静で、などと大人達にもてはやされる姿からは想像もつかないひどい顔だ。
──────あれから、十数年。俺の中では長いこと、そのぐしゃぐしゃの笑顔が記憶の中の大切な位置を占めていた。
* * *
「鋼燕小隊、白雉小隊、前へ」
凛と響く声は、張り上げなくても広場の隅々までよく通る。ザッと高らかな足音を響かせ、小隊が一糸乱れぬ動きで前進すると、正面に立つクリルラは満足そうに頷き、言葉を継いだ。
「今回の作戦はこの二小隊にあたってもらう。ロミディアン、ドゥルマイユ、正午からのブリーフィングに参加するように。会場には高官がお見えだ、汗は洗い流しておけよ」
自身は汗ひとつかかぬ涼しげな姿でクリルラが笑う。
ロミディアンとドゥルマイユは一瞬顔を見合わせた。確かにお互い、汗と泥にまみれたひどい姿をしている。
話の長い副団長のありがたい訓示を聞いた後、小隊を解散させたドゥルマイユは、宿舎に戻ると鎧を無造作に脱ぎ捨て、将校専用のシャワー室に向かった。
シャワーは六台設置されており、それぞれが胸の高さの仕切り板で広めに仕切られている。ヒヤリと冷えていた空気が湯気で曇り始める頃、背後で扉の開閉する音が響き、隣のシャワー台にロミディアンが入って来るのが見えた。
「遅かったじゃねぇか」
がしがしと乱暴に髪を洗いながらドゥルマイユが声をかける。
「えぇ、引き継ぎに少々手間取ってしまいまして。」
シャワーコックをひねり、手の平に受けた冷水で顔を洗いながらロミディアンが答える。
「引き継ぎったって、同じ隊の奴にだろ?」
「まぁそうですね。他部隊の隊長に兼任させる案もあったようですが、最終的にはうちの副隊長が代理を務めることになりました。」
「──────…。お前、さ」
温水で勢いよく頭髪の泡を流しながら、ドゥルマイユがロミディアンの顔をちらりと見る。
「この作戦が終わったら当分現場から外されんだろ? それって実質的な謹慎処分だってこと、分かってんのか?」
ふふ、とロミディアンがうつむき気味に笑う。
「もちろん。ですが、私が仰せつかった次の任務も、それなりに重要なものだと思いますよ。」
「どこがだよ………。今度の花嫁候補はどこの馬の骨とも知れんただの冒険者らしいじゃねぇか。どっかの国のお姫様ってんならともかく、神殿騎士団の小隊長が護衛を務めるような相手じゃねぇだろ。こりゃあな、見せしめなんだよ。お前が例の反逆者に肩入れするような発言を公の場でするからだぜ…。」
ドゥルマイユの言葉にわずかに目を細めつつ、ロミディアンが冷水を頭からかぶる。
「あの男のことを今でも密かに崇拝してる奴は大勢いるんだ、そいつらを牽制する目的でお前が一人吊るし上げを喰らってんだよ。上層部の奴らの考えそうなこった。」
「そこまで分かっているのなら、貴方も余計な発言は控えたほうがよいのでは? そのような言い草をそれこそ上層部の人間に聞かれでもしたら、貴方まで吊るし上げを喰らうことになりますよ。」
ポタポタと水のしたたる長い前髪をかきあげつつ、ロミディアンは静かな口調で言った。ドゥルマイユはハッと鼻で笑い、
「こ〜んなトコに出入りする奴が上層部にいるかってんだ。そもそも汗をかくのはあいつらの趣味じゃねぇよ。」
「それは確かに。」
ヒヤリと冷たい水から、熱めの湯に切り替える。洗い流されていく埃と汗を見下ろしながら、ロミディアンは苦笑した。
「ゴルディヴァルのことは………、この程度の謹慎で済まされるなら私は一向に構いません。公の場であいつが公然と侮辱されるのを聞いて、黙っていることなど私にはできない…。」
「………。バッカだよなお前………」
ドゥルマイユは、キッと自分を睨みつけるロミディアンに呆れたような笑みを返しつつ、
「バカっつーか要領悪りィっつーか………上の奴らの言うことなんざ聞き流しときゃいいじゃねーか。あんなん誰も本気にしちゃいねぇぜ?」
「要領が悪いのは貴方も同じでしょうが。今日の演習、あれは何です? 貴方また紅雉隊の隊長とやりあってたでしょう?」
「ありゃ向こうが悪りィんだよ!! ったくあの野郎、なんかあるたんびにネチネチ絡んできやがって、迷惑してんのはこっちだってんだ!!」
子供のような言い草に、ロミディアンがくすりと笑う。
「まぁ、爵位持ちのあの方にしてみれば、貴方に先を越されたようで面白くないんでしょうね。」
「そんなん知るかっつーの。俺が先に隊長になったのは実力ってもんだろ? そもそもクリルラ様が私情で身内を役職に推薦するわけねぇじゃねーか、ンなことも分かんねぇヤローに色々言われたくねぇよ。」
「お互い苦労が絶えませんね……。」
ロミディアンが思わずこぼした言葉に、ドゥルマイユは苦笑しながらシャワーの湯を止めた。
「まぁ少なくとも、俺らが忠誠を誓ったのは奴らに対してじゃねぇ。違うか?」
濡れた髪を乱暴に拭きながらニヤリと笑うドゥルマイユに、ロミディアンは身体を洗う動きを一瞬止め、フッと息を吐き出すとやわらかな笑みを口元に浮かべた。
「そうですね。その通りです。」
仕切り板越しにドゥルマイユが拳を掲げる。ロミディアンが軽く拳を打ち合わせると、ドゥルマイユはタオルを肩に引っ掛け、シャワー室を後にした。
ブリーフィングを終え、作戦会議室から退出しようとしたドゥルマイユを、クリルラが呼び止めた。
「ドゥルマイユ。少し時間はあるか?」
口調の微妙な加減で、内々の話だと分かる。ドゥルマイユが頷くと、クリルラはついてくるようにと身振りで示し、先に立って王城内を歩き出した。
神殿騎士団の控室を抜け、簡易礼拝所の扉を開ける。誰もいない礼拝所はひっそりと静まり返り、そこだけが昼間の喧噪から切り離された独特な雰囲気を保っていた。クリルラは燭台のロウソクを新しいものに取り替えながら、ややくつろいだ口調で言った。
「ここの宿舎での生活はどうだ?」
ドゥルマイユは肩をすくめた。
「別に悪かねぇぜ。ヒマさえありゃ教典ばっか読んでる連中が多いのがアレだけどな。」
「神殿騎士団とはそういう所だ。お前の気性なら王立騎士団の方が向いていると事前に言っただろう。」
「まぁいいじゃんよ。俺はこっちに入りたかったんだ」
クリルラはふむ、と頷くと、火を灯した燭台を祭壇に置き、振り返った。
そこにいるのは峻厳をもって鳴る神殿騎士団の長ではない。やわらかな笑顔を浮かべた緋色の髪の義姉を、ドゥルマイユは横目でちらりと見返した。
「たまには家にも顔を出せ。マルゴが寂しがっている」
「あのばーさんまだ生きてんのか。」
「なんという言い草だ……。マルゴはお前を孫のように思っているのだぞ。」
「分かってるさ、『シモの毛が生え揃う前から面倒みてきた』があのばーさんの口グセだもんな。でもよ、独り立ちするからには二度とメクリュ家の敷居を跨がぬくらいの心づもりでいろって言ったの、ばーさんのほうなんだぜ?」
ドゥルマイユの返答にクリルラは思わず苦笑した。
「下の毛うんぬんは事実その通りなのだから仕方あるまい……。気丈なように見えてあれも歳だ。最近は毎日飽きもせずお前の話ばかり聞きたがるので、私も少々辟易しているんだ。」
「辟易って、姉貴がか? そりゃちっと見てみてぇな。」
からかうように言うドゥルマイユに、クリルラは溜め息をつきながら、
「マルゴはどうやら胸を患っているようなのだ。」
「え…」
「負担をかけまいと思っているのだろう、私の前では何事もないように振る舞っているがな。医者を呼んでやりたいが、彼女もあの気性だ。私が言っても素直には聞くまい。そこでお前の出番なんだ、ドゥルマイユ。お前なら私のように押し問答になることもなく彼女を説得できるだろう?」
「まぁ、できるっちゃできるけど………」
「長年我がメクリュ家に仕えてくれた彼女を、私は家族のように思っているんだ。できれば長く健やかでいてほしいと願う。──────説得の件、頼んだぞ。」
その日の夜。
南サンドリア猟犬横町北西、入り組んだ路地裏の一角。
木立の陰に身を潜め、じっと闇を伺っていたロミディアンは、夜陰を裂いて姿を現した男が目的の家屋に消えていくのを確かめると、片手を上げ、周囲に散っている部下に合図を送った。
家屋の裏口、三ヶ所ある大きな出窓。一階の出入り口は全て押さえてある。ロミディアンは音もなく正面の扉に辿り着くと、フッと大きく息を吐き、一瞬瞼を閉じた。
「神殿騎士団本隊の者だ!! 大人しく武器を捨てて投降しろ!!」
扉を蹴破ると同時に凛とした声を放つ。
同時に裏口からも複数の部下が突入し、敵の退路を断った。麻薬取引の現場を押さえられた賊が顔色を失い、その場に立ち尽くす。
ロミディアンの部下が手際よく敵を拘束していった。だが、賊の一人が隠し持ったナイフをひらめかせ、拘束を逃れる。
「クソッ、てめェらごときに………!!」
吐き捨てるように言うと、男は退路の断たれた出入り口には目もくれず、二階へと続く階段を一気に駆け上がった。
後を追おうとする部下をロミディアンが制した。同時に、頭上から降ってくる陽気な声。
「おいおい、どこ行く気だ? まぁだ払い終わってねぇだろ、てめェがした事のツケって奴をよ!!!」
拳が派手に炸裂する音が響き、血の吹き出る顔面を両手で押さえた賊が階段を転がり落ちてくる。ひとしきり騒々しい物音が響き渡り、やがて静かになった。
「神殿騎士団がお上品な輩ばかりだと思ったら大間違いだぜ」
階段の上から姿を現したドゥルマイユがニヤリと笑う。
踊り場に伸びている賊を引き起こしながら、ロミディアンは溜め息をついた。
「ドゥルマイユ、そこは自慢するところじゃないでしょう。力を行使せずに敵を制する方法はなかったんですか?」
「るっせぇな、お前は俺のオフクロかなんかか?」
「好きで女房役をしているわけじゃありませんが」
「こっちだって頼んじゃいねー!!」
「大体貴方は人の上に立つ者としての自覚が足りないんです。紅雉隊の隊長につけ込まれるのも自業自得だと気付くべきですね。」
「あぁ? 言ってくれるじゃねぇか。謹慎処分喰らうような奴が言えた台詞か?」
「私を怒らせたいようですね、受けて立ちますよ」
「お〜、かかってこいやオラァ!!」
好き放題の隊長二人を放置し、隊員達がてきぱきと事後処理を進めていく。これもある意味、日頃の教育の賜物と言えるだろう。
予定通り敵を制圧し、味方に負傷者も出さなかった。にもかかわらず、ロミディアンとドゥルマイユはクリルラに呼び出され、大目玉を食らう羽目になった。
「全くお前達は………。トリオン様に事の次第を報告する私の身にもなってみろ………。」
クリルラが呆れ果てた顔で首を振る。ロミディアンもドゥルマイユも、互いにそっぽを向いたままふてくされた表情を浮かべている。
「ドゥルマイユはともかく、お前まで考えのない行動を取るとは何事だ、ロミディアン。お前は冷静さが売りのはずだろう。」
「コイツが冷静とかありえねー。こいつキレると俺以上に厄介なんだぜ?」
ドゥルマイユの台詞に、ロミディアンが形のいい眉を吊り上げた。
「団長に失礼な口をきくな、ドゥルマイユ。立場をわきまえろ」
「えっらっそーに、神殿騎士団の風紀委員はさすがに違うね〜」
「そのくらいにしておけ、ドゥルマイユ」
クリルラが溜め息をついた。
「………で? 気は済んだのか?」
まっすぐに問いかけてくるクリルラに、ロミディアンは精一杯のポーカーフェイスを作り、返答した。
「済んだのか、とおっしゃいますと?」
「私の目をごまかせると思うなよ。お前はその性格だ、こんな機会でもない限り憂さ晴らしもできないだろう──────お前の謹慎処分に関しては上層部に最大限譲歩させた結果ああなったんだ、あとは我慢しろとしか言えん。しばらく隊を離れるのでは不満もあろうが、何らかの処置を取らぬ限り上は納得しないからな。まぁドゥルマイユがそこまで考えて行動していたのかは不明だが………」
言いながらドゥルマイユに視線を移す。ドゥルマイユはわざとらしくあさっての方向を向いている。
「お気遣いありがとうございます、団長。そうですね……、思いのほかスッキリしたのは確かかもしれません。謹慎中はご迷惑をおかけいたしますが、我が隊の隊員の事、よろしくお願いいたします。」
ロミディアンがかっちりと踵を合わせ敬礼すると、クリルラはうむ、と頷いた。
* * *
ロミディアンが白雉小隊の隊長職を一時的に離れ、トリオン王子の花嫁候補の護衛の任についてからしばらくたつ。
ドゥルマイユは宿舎の一室で武器の手入れをしながら、知らず知らずのうちに溜め息をついていた。
暇つぶしにからかう相手がいないというのは退屈なものだ。手合わせや雑談など、待機時間を比較的自由に過ごす王立騎士団員と異なり、神殿騎士団員は勤務時間外に宿舎で憩う時ですら教典を手放さない者が多い。
団員専用の宿舎に住まうのは領地を持たぬ平民騎士が多く、准男爵という最下層の爵位ながらも一応は貴族の中に名を連ねるロミディアンがここを利用することは滅多にないのだが、ドゥルマイユはわざわざロミディアンの屋敷に押し掛けてまで暇つぶしの相手をさせることが多かった。頭の固い女神信奉者が多い騎士団の中にあって、下らない雑談に応じてくれる者が他にいないのだから仕方がない。ちょっかいを出し始めた当初はあからさまにイヤそうな顔をしていたロミディアンも、戦術や武器防具の話には興味があるらしく、十回に二〜三回はそういった論旨を織り交ぜながら話をするようになると、自分を追い返すこともしなくなった。
──────まぁ、十回に七〜八回はしょうもない与太話に付き合わせることになるのだが。
ロミディアンの謹慎が解けるのはいつ頃だろうか。花嫁候補の護衛など、期間の見えない役務であるだけに厄介だ。………まさか団への復帰がないということもないだろうが。
つくづく要領の悪い男だと、ドゥルマイユは嘆息した。ロミディアンが多くの高官達の前で擁護したのは、国家的な反逆罪で国から追われている男だ。逃亡者となり何年も行方をくらましたままの男を擁護してなんになるというのだろうか。
そういえば、とドゥルマイユは手にしたリバイアサンクーゼの刃の輝きを睨みながら考える。
花嫁候補が王城内に住まうようになるなど前例のないことだ。宰相が王子の花嫁候補をリストアップしているという噂は聞いたことがあるが、その者達が王城に顔を出すことは今までなかった。今度の花嫁候補はそれだけ本命の可能性が高いということか。
花嫁候補が王子と仲睦まじく歩く姿は王城内のあちこちで目撃されている。決して表に出そうとはしないが、クリルラが苦悩に苛まれる日々を送っていることが、ドゥルマイユには分かっていた。
王子が妻帯者となれば、クリルラも諦めがつくのだろうか──────。
「隊長、ご報告が」
部下の一人が開けっ放しの扉の陰から顔を覗かせた。ドゥルマイユは顔を上げた。
「どうした」
「シャナンディと名乗る例の修道士が隊長に面会を申し出ています。」
「またあいつか?」
ドゥルマイユは顔をしかめた。
数日前。同じようにドゥルマイユが一人で武器の手入れをしていた時、面会を申し込んで来た若い修道士がいた。
大聖堂の警備担当の長に会わせてほしい、いくつかの重要な情報を提示したい。ドゥルマイユの部下にそう伝えた修道士は国教会に所属する者にしては珍しく、所定の僧衣を着込まず白魔道士の固有装備に身を包んでいるらしい。
「情報? なんかのタレ込みか?」
「口調から察するに、そうだと思われます」
「ふむ。いいだろう、ここに連れてこい」
「分かりました。」
部下が廊下へと姿を消す。ドゥルマイユが武器をしまっていると、穏やかな面持ちの赤毛の青年が姿を現した。
「つまり、国宝の指輪を狙ってる輩がいると。そう言いたい訳だな?」
ドゥルマイユの問いかけに、若い修道士は静かに頷いた。
ドゥルマイユは修道士や僧侶といった類いがあまり好きではない。彼らの瞳に据わる光が示すものはドゥルマイユには理解しがたいものだった。自分が信じる物は何をおいても正しいと思っている瞳。
「あんた、そんな情報どっから仕入れたんだ? 酒場で酔っぱらいどもの噂話を拾い歩くようなタイプにも見えねぇが?」
「情報の提示には交換条件があると言ったはずです。私は賊が宝物庫を襲う日時と侵入ルートを知っている………私がどこからこの情報を仕入れ、なぜそれをあなたがたに伝えるのか、詮索をしないのが条件です。」
ドゥルマイユは大袈裟に両手を広げてみせた。
「そんな条件は呑めねぇなぁ。そもそもあんたの話にゃ信憑性がねぇ。目的も話せねー奴の話に俺らが乗ると思うのか?」
「…意外ですね、なぜあなたのような者が神殿騎士団にいるのです? 失礼ですがとても女神様に仕える従僕のようには見えません。」
「俺が忠誠を誓ったのはアルタナの女神でもサンドリアの国家でもねぇ。戦う理由は人それぞれなのさ、日がな一日教典に埋もれてる奴らには分からんだろうがな。」
「不愉快です……。役職に就くからにはそれなりの人物だろうと当て込んでいた私が間違っていました。失礼させていただきます。」
踵を返し去っていく青年を特に見送るでもなく、ドゥルマイユはドサリと椅子に腰を落とすと、ヒラヒラと片手を振って部屋の隅に控えていた部下を呼び寄せた。
「今帰ってった兄ちゃんの所属と出自を調べておけ。あと、大聖堂の警備は今夜から二交代制に切り替える。隊員のスケジュールを組み直しとけ」
「あの者の言を信じるのですか?」
「ばっか、ちげーよ。ロミディアンがいなくなる分、王城や大聖堂の警備もいつも通りとはいかねぇだろ? 今なんかあったら厄介だから先手を打っておくのさ。」
それから数日たった今。再び現れた修道士は不愉快そうな面持ちを隠そうともせず、ドゥルマイユの顔を真っ向から睨みつけている。
「また会えるとは思わなかったぜ。俺になんか用なのか?」
「とぼけないで下さい……。あなた方、私に黙って例の賊を拘束しましたね?」
ドゥルマイユは密かに溜め息をついた。確かに自分の隊はつい二〜三日前、宝物庫に忍び込んだ盗賊を一人拘束している。だが、タレ込みとの関連性を疑うどころか目の前の青年の存在すら忘れていたドゥルマイユは、そういえばコイツの出自を調べさせていたんだっけ、と目の前の机に視線を投げた。
机の上に山と積まれた書類は地震でも起きようものなら雪崩を起こしそうだ。修道士に関する報告書はこの中に紛れているに違いない。
「黙って、とは聞き捨てならねぇな。あんたシャナンディとかいったっけか、俺らが犯罪者をしょっぴくのにあんたの許可が必要なのか?」
シャナンディは苛々と唇を噛みしめ、ドゥルマイユを睨み据える。
「少なくとも私の情報がなければああもスムーズに賊を捕えることはできなかったはずです。なのに私には一言もナシですか?」
「なんか勘違いしてるみてぇだな。侵入者を捕えたのは俺らの努力の賜物だぜ? あんたが一体何をした? いきなり押し掛けて来て、勝手に不愉快がって出て行っただけじゃねぇか。」
「………、まぁ、言わせておきましょうか。結果的に賊が捕まったことに変わりはありませんから。あの賊の処遇はどうなるのです?」
ドゥルマイユは肩をすくめた。
「ンなん俺が知るかよ。それを決めんのは教会のお偉いさんだろ、どっちかってーとあんたの領分じゃねぇの?」
「あの者が死刑になるのかどうか、私が知りたいのはそれだけです。」
「へェ……? あんた随分あの賊に恨みがあるんだな。確かエフィールゴだっけか、義賊を気取ってるらしいがお固い修道士サマを怒らせるたぁよっぽどの事をしたんだな。」
「あなたには関係ありません。失礼します。」
冷たく言い放ち足早に部屋を出て行く。数日前と全く同じシチュエーションにドゥルマイユは溜め息をついた。
* * *
神殿騎士団本隊の演習が東ロンフォールで行われたのはその翌日だった。
ロミディアンは参加しないだろうというドゥルマイユの予想に反し、白雉小隊を率いていたのは白い甲冑に身を包んだ見慣れた姿だった。
おそらくはクリルラの配慮なのだろう。ロミディアンを必ず隊に復帰させるという意思表示もあるのかもしれない。
演習自体は滞りなく行われた。全てのメニューを消化した団員達が、解散命令と共に宿舎へと消えていく。
ロミディアンに声をかけようとドゥルマイユが足を向けかけた時、背後から呼び止める声があった。
「相も変わらず両手槍で参加とは、少々我儘が過ぎるのではないか? 鋼燕小隊長殿」
ドゥルマイユは立ち止まると大袈裟に溜め息をついた。振り返る気にもなれない。
「両手槍だとなんか不都合でもあんのかよ? 紅雉小隊長殿」
紅雉小隊の隊長はやれやれといった風情で首を振る。ドゥルマイユは手にしたリバイアサンクーゼを掲げてみせ、
「コイツにかなう腕の持ち主があんたの隊にいたっけなぁ? いるんだったらちったぁ耳を傾ける気にもなるんだがな。片手剣至上主義なんざ古くさいぜ、おっさん」
「両手槍の有用性を取沙汰したい訳ではない……。騎士の象徴たる盾を手にせぬ貴様に隊を率いる資格はないと言っておるのだ。」
「か〜、聞いてらんねぇ。盾が騎士の象徴だと? んじゃ何か、盾さえ装備しときゃどんなボンクラ兵士も立派な騎士様ってか?」
「我は意識の有り様を問うているのだ、混ぜ返すでないわ若造が!!」
「じゃあ聞くぜ、盾が騎士の象徴足りうる理由はなんだ?」
「若輩者が生意気な口をきくものだ。答えは自明だがわさわざ口にしてやる義理もないわ。」
「へぇ〜、当然分かってらっしゃるってか? おかしなこともあるもんだな。それが分かってりゃそんな口きかねぇはずなんだけどなぁ。」
「貴様……、何が言いたい」
「わざわざ口にしてやる義理はねぇな。失礼するぜ、連れが待ってるもんでね。」
背後で唾棄する音がするのにも構わずドゥルマイユは踵を返すと、離れた場所から呆れたような視線を向けていたロミディアンのもとに歩いていった。
「都合のいい時だけ連れ扱いされても困るのですが………」
ロミディアンが苦笑しながら言う。
「いいじゃねぇかよ、照れんな照れんな。で、何か用か? お前がわざわざ待ってるなんてよっぽどのことだろ?」
「クリルラ様から伝言です。先日壊滅させた麻薬組織の拡大には軍関係者が絡んでいたらしく、軍法会議が開かれるので我々も登城するようにと。必要に応じ証言台に立てということなのでしょう。」
「めんっどくせぇぇ〜。ああいうのってさんざん待たされた挙句、大抵出番なしで終わるんだよなぁ」
「なければないでいいじゃありませんか。登城時はクリルラ様に随行するようにとのことです、急いで向かいましょう」
「へいへい」
「……先ほどの、紅雉隊長との話ですが」
謁見の間の扉の前に立ち、直立不動の体勢を取っていたロミディアンが不意に口を開いた。
「あ?」
隣に立ち、同じく直立不動の姿勢を崩さぬままドゥルマイユが聞き返す。
「盾が騎士の象徴うんぬんという例の話です………。貴方は何を言おうとしていたのですか? 盾が騎士の象徴足りうる理由とは?」
「…あんだよ。しっかり聞いてやがったのか」
「貴方の声は大きすぎるんですよ。私は貴方が両手槍を使うことに異論はありませんが、多少興味があるのは事実です。貴方はなぜ剣と盾を持たないのですか?」
「別に持たないって決めてるわけじゃねぇよ。片手剣だってそこらの兵達よりゃよっぽど使えるぜ、俺は」
「そうでしょうね。私は見たことがありませんが、貴方が入団した当初、その片手剣の腕前を見た他の騎士達は伝説の魔法剣士の再来と囁き合ったとか」
「何が伝説の魔法剣士だよ、背中がムズムズすらぁ」
「…まぁ、伝説のといっても要は貴方のお父上ですからね。やはり片手剣の腕はライニマード様に仕込まれたものなのですか?」
「………」
なぜかドゥルマイユは唇を軽く噛みしめ、続きの言葉を発しようとしない。
頑なな横顔を伺うように見ていたロミディアンが口を開こうとした時、ふとドゥルマイユが顔を上げ、薄暗がりの廊下の向こうに視線を投げた。
ロミディアンが何事かと問いかける前にドゥルマイユはその場を離れ、つかつかと足音を響かせて大きな柱のひとつに歩み寄っていく。
「貴様そこで何してる」
ドゥルマイユが何者かを問いつめる声がはっきりと響いた。ロミディアンの位置からは彼が対峙しているらしき人物の姿がよく見えない。
「どうしました」
ロミディアンは腰の剣に片手をかけながらドゥルマイユのもとに歩み寄った。
「不審者だ。さっきから妙にウロチョロしてやがる」
緊張を高めながら近付いたロミディアンは、しかしドゥルマイユの腕に捕えられている人物の姿を目にし、呆気に取られた。
「アンジュリーク様…。何をなさっておられるのです?」
そこにいたのは自分が護衛の任を命じられている女性だった。トリオン王子の花嫁候補、冒険者のアンジュリーク。
「あ、ロミディアンさん! この馬鹿力に離すように言ってよ! 」
「お前コイツの知り合いなのか?」
ドゥルマイユの問いに、動揺しつつもロミディアンは答えた。
「知り合いも何も、今私が護衛の任を仰せつかっているのがこの女性なのですが……」
「あぁ、コイツが例の花嫁候補サマか。」
「痛いってば、離しなさいよ!!」
ドゥルマイユがアンジュリークの上腕を掴んだままぐいと身体を引き寄せ、間近に顔を覗き込みながらニヤリと笑う。紅雉小隊の隊長の台詞ではないが、こういう時のドゥルマイユはお世辞にも格調高き神殿騎士団員には見えない。
「何が花嫁候補だよ、どっからどう見てもガサツな冒険者じゃねぇか。」
「なんですって!?」
ロミディアンはドゥルマイユの腕に手をかけた。謁見の間では今まさに軍法会議が開かれている最中なのだ。騒ぎが中に届いてはまずい。
「ドゥルマイユ、よさないか。その人の手を離せ」
「っせぇな。コイツはずっとクリルラ様の後を尾け回してたんだぜ、何が目的だ?」
「しっ知らないわよ!! あたしはロミディアンさんに用があっただけなんだから!!」
「嘘つけ。正直に言わねぇと痛い目見せんぜ」
「やめろ、ドゥルマイユ!!」
声を荒らげると、ドゥルマイユはギラリとこちらの顔を睨みつけてきた。ロミディアンも負けずに睨み返す。
「……チッ」
ドゥルマイユがやれやれと両手を広げ、アンジュリークの腕を離した。
自由になったアンジュリークは怒り心頭の様子で拳を振り回している。
「しんっじらんない、なんなのコイツ!!」
「アンジュリーク様、お詫びなら私からいたします。どうかお怒りになりませぬよう」
「お前いつからそいつの飼い犬になったんだよ、ロミディアン」
「ドゥルマイユ……」
ロミディアンは嘆息しつつ、ドゥルマイユの顔を改めて見直した。
ドゥルマイユの態度はいつもの彼らしくない。彼は団の中でも札付きの不良隊長だが、少なくとも女性相手に無闇に力を行使するような男ではなかった。なにが彼をそうさせているのだろうと、ロミディアンはドゥルマイユの顔を眺めつつ考えた。
「ちょっと!!」
ドゥルマイユの矛先がロミディアンに向いたのを気にしたらしく、アンジュリークが人差し指をドゥルマイユにつきつける。
「あたしの悪口は構わないわよ、ロミディアンさんを悪く言うのはやめて!!」
「ハッ、何だよご主人様気取りか?」
「なんですって、この…」
「──────なぁ、花嫁候補サマよ」
ドゥルマイユが馴れ馴れしくアンジュリークの顎に手をかけた。ロミディアンがはっとする間もなく、
「金か地位か、お前が欲しいのは何だ? どこの馬の骨が王子の妃になろうと知ったこっちゃねぇが、クリルラ様には近付くんじゃねぇ」
「……っ!!」
やめろ、と口にするより早く拳が反応していた。ロミディアンはドゥルマイユをぶちのめしてしまってから、またクリルラ様に小言を言われるなと、ちらりと思った。
「ドゥルマイユ、いい加減にしないか!!」
「いってぇな!! ……あ〜あ、やってらんねぇ。俺先に帰るわ。」
「なっ…待て、ドゥルマイユ!! まだ任務の途中だろう!!」
「クリルラ様にはあとで謝っとくって。じゃあな〜」
ヒラヒラと手を振ってドゥルマイユは去ってしまった。ロミディアンは幾度目かの溜め息をついた。
後編に続く
※後編は『アンジュリーク "偽りの花嫁 -Decoy Angel-" 』最終話と同時に公開します
